第55話 「レンタル移籍」
さいわいにも、イエへ・ナラ巫女は「神降ろし」の秘術を持っている。
清流院家の女中の一部と美子も、物心ついた頃からそれを会得しているのだ。
美子は仲間と相談して、内緒で神降ろしの儀式を行った。
人気のない竹林。
地面にサマン(巫女)教直伝の呪符を描き結界を張って、豚肉と神酒を祭壇に供えた。
「されば、これより神を降ろす」
神降ろしは、巫女の肉体を介して神を降臨させる。
媒介となる巫女は、年長のサマンだ。
彼女が神降ろしの儀式を始める。
榊を振りながら、巫女舞を舞う。
「かしこみ、かしこみ曰す(畏れながら申す)。神よ。我が許に下りて、この奈良美子の願いをお聞きください。かけまくもかしこき(まことに畏れながら)~~」
幼い頃に日本に連れて来られた彼女たちは、サマン語も中国語も知らない。
日本の神社で使われている、祝詞や称辞をそのまま流用する。
大事なのはサマンの血と念じる力であり、神はそこまで形式に縛られないと教わっている。
「降りませい!」
年長の巫女の動きが止まる。
「んごお!」
白目を剥いて、うつ伏せに倒れた。
神が降りて来たのだ。
彼女の体内から、エクトプラズマが立ち昇る。
霧の中から、ひとのような影が現れた。
B-boy風のトレーナーにダボパンとキャップ。
あろうことか、トレーナーの胸には「ガッデム」と描かれている。
―神、だよ~~ん。呼んだ?
(この方が神?)
―あ。きみ、イエへ・ナラ系の巫女じゃん?でしょでしょ?
「あ、はい。イエへ・ナラ家傍流の奈良美子と申します。神様にあらせられましては…」
―ああ。固い話、わしイヤかも。要件先に言って。yo,yo。
90年代ヒップホップに凝ってる神のようだった。
「は、はい。失礼いたしました!」
美子は神に、寧のお腹にいる胎児の命を救いたい旨を話した。
―ああ。つまりきみがその胎児に憑依して、その子の代わりに出生したいってわけだ。でもさあ、輪廻転生ってきみが死なないと成立しないよ。そこんとこ大丈夫?
「はい。寧さまのお子さまが無事に生まれるのなら、私の命は…」
―ホント?死ぬって怖いよ。痛いよ。苦しいyoyo.
「覚悟はできてます!」
神は美子のまっすぐな眼差しを受け止め、咀嚼した。
―ふうん。ガチでマジなんだ。うん。わし、その自己犠牲の精神に感動した!かなえてあげる。
「本当ですか?ありがとうございます!では、さっそく…」
命を差し出す準備はできていた。
美子は、巫女服の懐から短刀を取り出した。
「されば、この命を神様に…」
―ちょいちょいちょい。ダメダメ。そんなことされたら、わし神様ハラスメントになっちゃうよ。カミハラはコンプラ違反だから。
「ですが、こうしないと輪廻転生が…」
―だあからあ。きみには特別に期間限定の輪廻転生をさせてあげるから、死ぬ必要ないの。
「期間限定?」
―そ。寧ママはいま、妊娠8か月でしょ?のりしろを付けて十か月、輪廻転生じゃなく胎児に憑依させてあげるよ。
「十か月だけの憑依、ですか?」
―その間きみは仮死状態になるけど、赤ちゃんが無事育つ目途が立ったら生き返るようにしとくから。
「ほ、ホントですか?」
―サッカーで言うところの「レンタル移籍」だね。
「れんたる…いせき?」
―レアルの久保建英を、ワンシーズンだけマジョルカとかにレンタルした感じ?
「れある?くぼ?」
―あ、覚えなくていいから。んじゃまあ、そのセンで。
「はあ」
―ほんじゃ、行くよ。ヒョヒョヒョイの憑〜依!
神の号令とともに、竹林に光の雨が降って来た。
「わ。わわあああああ」
光に包まれた美子の魂が、その肉体から幽体離脱する。
―魂よ。あの者が望む処へ行き、望む者の肉体に憑依せよ。
魂は光にいざなわれて、病室で眠る寧の許へと飛んで行く。
(寧さま。この美子めが、寧さまのお子様を…お守りいたします!)
魂は寧の胎内に吸い込まれていき、ついには胎児の内深くに潜って行った。
令和の大和坤寧宮。
「かくてわが母・奈良美子は、十か月の間赤子だった凛音さまに憑依しておったのぢゃ。そのおかげで凛音さまは無事に出生を果たし、その後の健康状態も良好だったそうぢゃ。残念なことに、寧さまは命を落とされたがのう」
亜紀があくびをしている。
「ママちん。この話、聞いてたの?」
「子どもの頃から、耳タコだよ」
「それにしても、なんで十か月なんだ?」
「リーガ・エスパニョーラのワンシーズンが十か月だからぢゃ。久保はその後レアルに返してもらわねばならん!」
「久保推しの神様って…ファンキー過ぎねえか?」
(その神、絶対あいつだ)
撫子はカフェ清流で降りて来た、あのファンキーな神を思い出した。
「ま。今の話は、ところどころわしが脚色しておるがな」
「久保を推してんのは、あんたじゃねえか!」
美和の余計な脚色で、信憑性は下がったが…。
「では、おめえらはこの話信じられねえか?」
「「……」」
一概に否定はできない。
知るはずのない美和の話が、ふたりが経験したことと酷似しているのだ。
撫子が憑依した時も、凛音は命の危機に見舞われていた。
心臓発作、という絶体絶命の場面だった。
「似てるけど、違うとこもあるよ。だいたいあーしは、ヒョーイを望んでなかった。凛音のことも全然知らなかったし」
「うむ。これは想像ぢゃが、神様は清流院凛音さまのことが気に入ったのかもしれん。一度命を助けた人間がその後どうなるか、気になって凛音さまの追っかけをしとったのかもな」
「神様が、推し活してたってこと?」
「推しの一大事。そのちょうど百年後、イエへ・ナラ巫女の血を引くおめえが崖から身を投げた…」
ファンキーゴッドの言葉がよみがえる。
―あ。バカギャルの命、ちょっとの間美少女に貸しとく?
(あれが、レンタル移籍って意味だったのか?)
つづく




