第54話 「カルマ」
三人が本殿に上がり込む。
「ばあば。おひさ」
「あ?おめえ、誰だ?おめえみてえなケバい孫娘、覚えてねえが」
「チッ。ほらね」
撫子に目を向けられ、小百合は「まあまあ」と苦笑しながらなだめる。
「そっちの女は誰だ?」
「はじめまして。警視庁捜査4課の鬼束小百合です」
「母さん。この方は撫子を助けようとしてくださった刑事さんよ」
「け。デカかよ。どうりで犬くせえ臭いがしよるわ」
「はは。ご冗談を」
愛想笑いを浮かべながらも、腰の警棒に手が伸びている。
「いや、マジな話。おめえの前世は狂犬ぢゃな。暴力衝動が抑えられねえだろ?刑事じゃなきゃ、おめえはヤクザになるしかねえ業だ」
「……」
かなしいことに、小百合は否定できなかった。
(まさか。だから俺は、大正時代のヤクザに転生したのか?)
「話はこのアホ娘からだいたい聞いた。おめえら、わしに自分たちがなんで大正時代にぶっ飛んだのか教えてほしいんぢゃろ?ま、結論から言うと、どれもこれも因果応報、カルマがなせる術よ」
「ばあば。伯爵令嬢に転生したのは、あーしのカルマ?が華族にふさわしいってこと?」
「なわけあるか。ケバ娘が図々しい」
「チッ。小百合ちゃん、警棒貸して」
まあまあ、とまたなだめる。
「おめえのカルマは、わしらのDNAよ」
「DNA?急に科学的になりましたね」
「わしの母親・奈良美子は、大正時代に清流院寧さまと凛音さまに仕えたイエへ・ナラ巫女だったのよ」
「…仕えた…巫女?」
「凛音さまのご母堂・寧さまはな、清国女帝・西太后の直系イエへ・ナラ王族のお姫様だったんぢゃ。ただ明治時代には、不幸なことに日清戦争が起きておった。寧さまはご自身の素性を、日本国内では秘匿したのぢゃ」
「まあ、当時清国は日本の敵だったからな」
天童星児がロシアの血を引く、というだけでイジメられたように、身分を明かせば危険が及んだかもしれない。
「おめえらは『転生』と呼んどるが間違いぢゃ。転生は生まれ変わることぢゃから、胎児の頃から乗り移らねばならん。おめえらの場合、転生ぢゃなく『生霊が時空を超えて憑依』したのじゃろう」
「生霊?今度は途端にスピリチュアルになったな」
「『魔がさす』とか言うぢゃろ。悪いとわかっておるのに、つい…わしもさっき、朝っぱらから酒なぞ飲んではならん、とわかっておったのに…つい、これぢゃ。おそらくブラジルで禁酒中の者の生霊がわしに憑依したのぢゃ。昼と夜が逆なのに、その生霊は気づかず飲んでしまったわけよ。つまり、生霊のせいなんぢゃ」
(うさん臭え言い訳)と、撫子。
(アル中ババア)と、亜紀。
「だがその場合も時間軸は変わってない、ということだよな?どうして100年前の人間に、生霊が憑依するんだ?」
「アインシュタインの特殊相対性理論ぢゃ」
「また、サイエンスに戻った」
「100光年離れた星の光は今輝いているのではない。100年前の輝きぢゃ。だが、光の100倍の速度を持つものはリアルタイムに地球に届いておる」
「光速の100倍のものなんてあるのか?」
「それが、カルマぢゃ」
「あ。スピに戻った。ねえ。さっきからカルマカルマって、それ何なん?」
撫子の疑問に、博識の小百合が答える。
「スクリット語で『行動』だが、仏教用語だと行動に伴う感情や環境なども含む、かな?」
美和が、またサイエンティストっぽく補足する。
「たとえば、ある男がスペースシャトルで火星に行ったとしよう。地球から光でも20分かかる距離ぢゃ。ところがこの男が火星にいる間に、地球におる妻が出産をした。その場合、その男は子どもが産まれた瞬間から父親になる。そこに20分の時差はない。この『絆』というカルマは光よりも速い、ということぢゃ」
「へえ。『絆』も、カルマなんだ?」
「イエへ・ナラの絆は『御恩』と『奉公』ぢゃった。巫女は、皇女であらせられる寧さまに大恩を受けておる」
「あ。女中の子たちも凛音にお世話になった、って言ってたよ」
「うむ。皇女の方々のDNAには『下々に対する慈しみ』が刻まれておるのぢゃろうな。巫女にはその御恩に報いる奉公のDNAぢゃ」
「具体的には、どんな奉公をしたんだ?」
「う~ん。プロ・サッカーでいうところの……レンタル移籍ぢゃな」
「「レンタル移籍?」」
明治39年(1906年)。
清流院家に嫁いだ寧ことナラ・ネイは、妊娠8か月で妊娠中毒の危機に見舞われた。
日本という外国の、華族という閉鎖的な世界で生活することのストレス。
さらには、初産へのプレッシャーが原因だった。
「誠に残念ながら、母親の命子どもの命、どちらかは諦めざるを得ませんな」
医者の宣告だ。
当時の医療技術では、母子ともに健康な出産は不可能だった。
「私はどうなっても構いません。どうか、産まれてくる子の命だけでも」
寧は夫・時貞と医者に懇願した。
「寧。そんな悲しいことを言わないでくれ。子どもはまた作ればいい。だがそれは、きみが健康であってこそだ。今回は諦めよう」
時貞は寧を溺愛していたのだ。
だが、寧はだからこそ時貞の子をこの世に送り出したいと願っていた。
(こんな時こそ、ネイさまのお役に立ちたい)
このとき、撫子のひいおばあちゃん・奈良美子はまだ10歳だった。
寧に可愛がられた美子は栄養状態も良く、丸々と太って見事な健康体だった。
(私がネイさまのお子様の代わりになれないだろうか?そして、この世に生まれ出ることができれば)
つづく




