第53話 「坤寧宮」
秩父の山奥へ続く山道。
4WDクルーザーの中で、4人は終始無言だった。
「…なんかさあ。お話でもしようよ。これだとデートって感じがしないし」
「デートじゃないからな」
「またあ。デートじゃなきゃ何?久しぶりに会ったってのにい。イジワル」
「俺の足が万全なら、おめえなんか呼んじゃいねえ。黙って運転しろ、タコ」
「わ。それそれ!言葉責めもバイオレンスう。さすが、小百合ちゃん」
助手席から警棒が飛ぶ。
「二度と、ちゃん付けすんじゃねえぞ!この税金泥棒が!」
「わあ。たまんない。もっと、ちょうだい」
「黙れと言ったはずだ。チビデブ!」
また警棒が炸裂する。
ただスポンジ製なので、運転に支障をきたすことはない。
獲物と奴隷は生かさず殺さず―鬼束小百合のポリシーである。
(どS刑事とどⅯ官僚……これも、イチャイチャなのか?)
ヘラヘラ笑う警察官僚を、撫子が後ろから窺う。
以前話に出た、小百合の見合い相手だ。
低身長、小太り、薄めの毛量。似合わない縁無しメガネ。
だがビジュ以上に、言動がキモい。
(東大出以外の長所はこれっぽっちも見当たらんけど。小百合ちゃん、やっぱちっちゃい男に縁があるのかな?)
坂崎のことを思い出す。
このどMに比べれば、はるかにいい男だった気もする。
(よっちゃん、実は見る目あったのかもね)
後部座席には撫子と亜紀母子。
母親は、深夜のバイトで疲れ切って寝ている。
(もう退院したんだから、バイト辞めればいいのに)
娘は母の寝顔に見入った。
一週間前。
洗いざらいを亜紀に話した。
大正時代の伯爵令嬢に転生したこと、天童組二代目と結婚していたこと、カフェのこと、そこで生きがいを見つけたこと等々。
母親は笑いもせず、真剣に聞いてくれた。
そして、ため息をついた。
「…だいたいわかった」
「え?わかったの?何しょうもない夢見てんだよ、じゃないの?」
「鬼束さん。刑事さんの話も聞かせてください」
小百合もすべてを話した。
「刑事さん。重ね重ね申し訳ありません!」
「え?いや、ですから職務上の…」
「たぶん鬼束さんは、このバカギャルのカルマに巻き込まれたんだと思います」
「「カルマ?」」
「私が口で説明しても理解できないと思います。それに歩けるようになるまで、時間も必要だし…一週間後。刑事さんも一緒にウチの実家について来てもらえませんか?」
「…そこに行けば、転生の謎が解けるんですね?」
「はい……あ、いえ。あいつの気分次第ですが…」
「「…あいつ?」」
それ以上は話してくれなかった。
そして今。
鉄柱と鎖で行く手を阻む車両禁止区域。
車を停める。
「ここからは歩きになります。それと、男性はここまでです」
「え?」
「ここからは、女しか入れない聖域なんで」
亜紀の説明に、どМが口をとがらせる。
「あ、ズルい!禁断のオンナの園で、きっと百合っぽい遊びするんでしょ?」
「黙れ、チンカス」
「小百合ちゃん。チンカスは言い過ぎでは?」
「こいつの名前だ。チン野カス男だ」
「途中にあった喫茶店でお茶でも飲んで、三時間後に迎えに来てください。チン野さん」
「カス男くん、よろぴくねえ」
「そんな名前、あるわけないっしょ!僕の名は…」
「行こう」
名前も知らない、知ろうとも思わない男を放って三人は坂道を登り始めた。
一週間のリハビリも済んで、撫子は歩けるし小百合も杖をつけば動けるようになっていた。
だが30分の道のりはきつかった。
大木がなくなって、ようやく視界が開けてくる。
「あそこよ」
亜紀が指さす先にあるのは、古びた神社のような建物だった。
(ポツンと一軒神社?テレビが取材しそう)
鳥居があり、看板が掲げられていた。
「大和坤寧宮」とある。
(坤寧宮は、清朝の紫禁城にあった祭祀を司る場だ。その日本版ってことか?)
雅と話した後、小百合が推理した「西太后の血」説だ。
一般的な神社ではなかった。
まず、参詣する拝殿がない。
社務所のような建物と本殿だけのようだ。
そしてその本殿も、屋根と柱だけのオープン会場のようになっている。
能や狂言を演じる舞台のような造りだ。
「母さん。どこ、いるの?」
亜紀が大声で叫ぶ。
「母さん?てことは、きみのおばあちゃんか?」
「まあ、だとは思ったけど。宮司さんに嫁いだ大和美和っていうばあばなんだけど、あーしもちっちゃい頃会ったきりだから」
口ぶりからすると、この神社のこともこれから起きることも薄々気づいているようだ。
「おう。ここだ、ここだ。さっさと上がって来い」
今まで本殿の中央に寝そべっていた老女が、上半身を起こして手を振っている。
「ああ、くそ。あのババア、また朝から飲んでやがる」
亜紀がしかめ面で本殿に向かう。
見ると、巫女服を着た老女の傍らには一升瓶が転がっている。
「ふうん。なかなかヤンチャなおばあちゃんのようだな」
「ママちんは『ヤクザ巫女』って呼んでるけどね」
「ほう。なら、俺と相性がよさそうだな」
「警棒で殴んないでよ」
「俺は女性には優しい、って知ってるだろ?」
「そんな小百合ちゃんでも、殴りたくなるひとらしいよ」
つづく




