第50話 「仇討ち」
天童組を大吉一家の傘下に入れて、中枢に据えたい。
その旨を、大川は後藤と坂崎に歩きながら話した。
「後藤はどう思う?」
「…異存はありません。私の見込みが甘かったばかりに、総長をそんな目に遭わせちまったんですから。自分は若頭失格です」
「俺のことはともかく、一家の若いモンを無意味な戦争に送り込む羽目になっちまった。そこはしっかり反省してくれ。おめえは人が好過ぎる。ひとを信じ過ぎる。そこがおめえのいいとこでもあるんだがな」
「はい。肝に銘じやす」
「うん。じゃあ、しばらく若頭の座は空席にする。その間、亮介と天童のふたりで補佐をやってもらいてえんだ」
本当は、すぐにでも星児を若頭にしたい。
だが、いきなり新参者を若頭に据えては反発を招く。
しくじった後藤にも配慮した、大川らしい巧い人事だった。
「俺と天童が、ですかい?」
「いやなのか?」
「あの野郎と一緒に、ってなあ不服ですがね。おやっさんがどうしてもってんなら、子分がどうこう言うことじゃあありやせんし…しゃあねえっすねえ」
隠そうとしても、口元が綻んでいる。
(ふふ。他人に興味のねえこいつが、最近は二代目のことばかり話しやがる。やはり、相当馬が合うんだろうな)
三人は、いまだ陣が解けない中央に向かった。
「公開、処刑?」
「当然だろう。おめえは愛国会の人間と大川総長を殺そうとしたんだ。てめえも死ぬ覚悟をしていたはずだぜ」
天童星児の本気の眼に、桜田の顔がくしゃくしゃになる。
「ち、違うんです。俺は立憲政友会の、政治家の先生に命じられて仕方なく…」
「だったら、その先生の名前を言え」
「…いや、それは」
「できねえなら、おめえが全てをおっかぶって…」
サーベルを抜いて、桜田の喉元に刃を当てる。
「斬首、だな」
「ひいい!言います、言います!」
「おめえの背後にいるのは、誰だ?」
「立憲政友会の、岡崎晃次郎先生です」
「そいつは貴族院の議員か?」
「は、はい。岡崎先生は男爵でもいらっしゃいますので」
これで拳銃ともつながった。
政友会の貴族院議員なら、華族軍人を動かすこともできただろう。
「よし。あとで念書を取る。やつの名刺を持ってたら、それもよこせ」
「は、はい。一緒に写ってる写真もあります」
助命のためには後見人だろうが恩人だろうが、簡単に売る男だった。
そそくさと内ポケットから名刺と写真を取り出す。
「江田島。こいつはいずれ役に立つこともあるはずだ。保管しておけ」
「へい」
江田島が写真と名刺を懐にしまった。
「おい、参謀長。ご苦労さんだったな」
坂崎が声をかけてくる。
振り返ると、そこには坂崎と後藤を伴った貫禄のある男もいた。
そのオーラで、すぐにわかった。
(大川、辰吉)
鬼束小百合も天童星児も、初めて間近で見る姿だった。
「おい、喜べ。天童組の大吉一家入り、オヤジさんが認めてくれたぜ」
「…そうか」
思惑通りだ。
このまま大吉一家の一員として今回のような手柄を立てていけば、いずれは若頭や総長に登りつめることができるだろう。
そうなれば東京のヤクザ達を再教育して、義に篤い集団として未来に送り出せる。
ある種自分は、時空を超えた潜入捜査をしたようなものだ。
逮捕するのでなく、防犯のための潜入捜査だ。
歩いてくる大川に最敬礼をする。
「大川の親分。これからは大吉一家の一員として、粉骨砕身して頑張らせていただきます。どうか宜しくご指導のほどを…」
口が止まった。
続きが喋れない。
いや、口だけではない。
腰に提げたサーベル。
それを求めて、両手が勝手に動き始めている。
コントロールが利かない。
(やべえ。あのときのやつだ。星児が凛音を見たときの…ああ!)
幽体離脱。
鬼束小百合の魂が、天童星児の肉体を離れて宙に浮遊する。
「どうした、天童?オヤジを前にして、緊張しちまったか?」
頭を下げたまま固まっている星児に、坂崎が声をかけるのが見える。
そして、星児の右手がサーベルの柄に伸びるのも。
(お、おい。星児。何やってんだ?おい)
嫌な予感。
そうだ。
そう言えば、星児の父親はこの大川に斬られて死んだのだった。
「……大川…辰吉。ここで会ったが百年目……」
昔の映画でよく聞く、仇討ちのときの決まり文句。
「父・侑李…アチェーツ(露・父上)の仇…」
星児がサーベルを抜いた。
(ここで仇討ちだと?やめろ。俺の努力を台無しにする気か?)
「覚悟!」
星児がサーベルを腰だめに構え、大川の腹に目がけて駆けていく。
とっさのことに、大川も後藤も呆然と立ち尽くしたままだ。
「アチェーツ!」
サーベルの切っ先が大川の腹部に届いたその瞬間。
小百合の視界がブラックアウトした。
(え?)
その魂は尋常ならぬ力に引っ張られて、別次元へと投げ飛ばされた。
つづく




