第47話 「激突」
「なあ、いいだろ。坂崎。俺はおまえが好きなんだよ」
「て、天童。おめえ…」
「はじめて会ったときから、ちっちゃくてかあいい奴だなって思ってたんだ。なあ、亮介って呼んでいいか?」
「お、おい。やめろ。変なとこまさぐるんじゃねえ」
「ふふ。亮介の乳首、かあいい」
「あ、バカ。なめるんじゃねえ!」
「ほら。立ってきたよ、乳首。下はどうかな?」
「や、やめろ。天童」
「わ。亮介のここ、全然ちっちゃくないじゃないか。まるで警棒みたいだな。よおし。俺の警棒とどっちが強いか、殴り合おうぜ。勝負だ!」
星児が懐から警棒を取り出して振りかざす。
「おりゃああ!」
「や、や……」
「やめろお!」
うとうとしていた坂崎が、後部座席で叫ぶ。
驚いた運転手が、思わずクラクションを鳴らした。
「おい、亮介。でけえ声出してどうした?」
左肩を包帯で巻いた大川が耳を塞いで、睨んでくる。
「え?あ、おやっさん?」
「なんだ。悪い夢でも見たのか?」
(…ゆめ、か)
人生で最悪の夢だった。
(あの野郎に会ってからってもの、調子が狂ってしょうがねえ。前世であいつは、俺の天敵だったんじゃねえのか?)
実際令和のヤクザ達は、鬼ユリを天敵だと思っている。
「ゆんべは徹夜だったらしいな」
「へい。天童の野郎に、陣の中での隊列の動きをみっちり訓練させられやした」
「ほう。隊列の動きを、か」
「警棒とかいう棒っ切れでビシビシ叩きながら、若えもんをしごいてました。まるで、鬼でした」
(実質、天童の息子が仕切る喧嘩になりそうだな。楽しみだぜ)
「総長。坂崎さん。もう間もなく着きます」
運転手の呼びかけに、ふたりが窓外を見やる。
埋立地が見えてきた。
東京ドーム数個が入りそうな平地である。
そこに蟻が群がるように愛国会・民同会双方の構成員が集結している。
「ここなら陣の動きが見れるな。おい、ここで停めてくれ」
自動車が埋立て作業専用道路の途中で停まる。
(さて。いってえ何を訓練したのか、見してもらおうか。天童星児)
横一列に20台のフォードが並んだ。
その横にはトランペット奏者と旗を持った桜田がいる。
「いいか。進軍ラッパが鳴り始めたらエンジンをかけろ。鳴り終わって、俺が旗を振る。それを合図に、一斉に陣中央に向けて突撃開始だ。よし。ラッパ、鳴らせ!」
桜田の指示に従って、奏者が突撃のファンファーレを吹き始める。
エンジンの空吹かしをする。
トランペットの最後の一音。
「ゴー!」
旗が振り下ろされた。
フォード20台がうなりを上げて発進する。
砂煙が舞った。
「ゴホゴホ!」
桜田が旗で鼻と口を押える。
(くそ。なんだ。海風か?こっちは風下、ってことか?)
愛国会は朝からすでに陣取っていた。
自分たち民同会は、その反対側に陣を敷かざるを得なかった。
(これまた時代錯誤だ。こっちは弓を引くわけじゃねえから、風向きなんて関係ない。拳銃なんだからよ。ふふ)
20台のフォードが埋め立て地の上を走り抜ける。
ただ、その道は凹凸の激しい路面だった。
車が上下左右に揺れる。
(まずいな。こんなに揺れちゃ、拳銃が暴発しちまう)
幹部で先鋒隊長の柏木が懐にしまった拳銃を取り出して、ガラスのない窓から外に突き出す。
万一暴発しても車内の味方に当たらないようにだ。
「おい!みんな、拳銃は外に出せ!」
それぞれが隊長に倣った。
櫓の下には増田がいる。
増田は、祭りで使う大太鼓の前でバチを構えている。
櫓の上に登った星児に言う。
「へえ。おめえが予想した通り、車を駆り出してきたな」
「ああ。ヤクザってのは、車で突っ込むのが大好きなんだよ」
昭和ヤクザのカチコミの定番は、相手の組事務所にトラックで突っ込むことだ。
拳銃を調達できるのだから自動車ぐらいは持ち出すだろう、と予想した。
「わあ。車が隊列を組んで、こちらに向かってきたぞ」
櫓の上では、村橋が不安を口にする。
「ものすごい勢いだ。こんな櫓なんて一発で吹き飛ばしそうですぞ。大丈夫なんですか?親分」
「も、もちろんですとも。なあ。参謀本部長」
心もとない小沢が、隣に立って双眼鏡を覗いている星児に訊く。
「さあ」
「き、きみい。さあ、ってことはないだろう!」
「何が起きるかわからないのがヤクザの喧嘩なんでねえ。ただあんたらは総大将と後見人なんだ。たとえ車の大群がこちらに突っ込んで来たとしても、動かないでくださいよ」
「な、なにい!」
「よし。もう少しだ。もっと引き付けてからだ」
「お、おい!」
「もう少し。もう少し…」
フォードの大群は、愛国会最前線の近くまで来ていた。
「わ。ぶつかるぞ!」
「わが陣が、車に蹴散らされる!」
小沢と村橋が顔を背ける。
「増っさん。打て!」
大太鼓が打ち鳴らされた。
ドンドン、ドドドン!
「野郎ども。訓練の成果を見せてみろ!」
太鼓を合図に、愛国会の先陣にいる数百名が真っ二つに割れた。
まるで、モーゼが海を割るように。
割れたスペースに、20台の車がすべり込むように進入する。
完全に肩透かしを食らった格好だ。
車の軍勢はスピードをゆるめず、櫓に向けて直進して来る。
「お、おい。あそこで堰き止めるんじゃないのか?こっちに来るぞ!」
(だ、大吉一家。謀りやがったな。ハナから俺を、あいつらに殺させるつもりだったな!?)
だが、そばにいた星児はとっくに櫓を降りている。
そして車も、もう目と鼻の先まで来ている。
「わ。わ。わああああ!」
つづく




