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古池 -03-

 僕が父の出身大学ではなく、藤谷先輩が進学した大学を選んだのは、政治家にはならない、という反発心も確かにあった。


 不正疑惑が取り沙汰になる前から――よく考えれば、小さな頃から父と顔を合わせることは滅多になかったけれど、不正疑惑の報道が過熱していた頃は特に、家に帰っている様子もなかった。おそらくマスコミから逃れるためにホテルを渡り歩いているのか、定期的に第2秘書の名取(なとり)さんが荷物を受け取りに訪れているくらいだった。


 結局、父の疑惑は疑惑のままで報道は収束し、時折、掘り返されるものの彼はいまだに国会議員をしている。


 ただ、その頃から、両親との折り合いは悪くなり――いや、母との折り合いが悪くなり、定期的に、父に僕の様子を報告していた母からの報告がどのように変化したかわからないけれど、父から僕に何かしらアクションは特になかった。


 揉めるかな、と思ったけど、僕の志望校を聞いた父は『がんばりなさい』と言っていたと名取さんづてに聞いた。単純に父の出身大学よりも難関大と呼ばれる大学だったからかもしれないし、そもそも僕の進路に興味がなかったのかもしれない。


 また、藤谷先輩が通う大学が、父のそれよりも高い偏差値であること、そこに自分が入学することに、父に対する優越意識がなかったとは言わない。


 だけど、なにより、藤谷先輩と過ごした時間で、情報科学(現象の数式化)に興味を持ったのも事実だった。





「先輩、オレの星、リザードマン生まれたっす!」

「え? 見せてよ」


 僕は情管室に入るなり報告する。すでにパソコンデスクの前にいた藤谷先輩は、顔を上げた。

 携帯端末を取り出すと、ゲームアプリを立ち上げる。普段は他人と距離を取る先輩が僕の肩越しに小さなディスプレイを覗き込んできた。

 僕は誇らしげに画面を彼に向けて見せる。


「ほら、強そうでしょ? 星間戦争します?」

「本当に爬虫類レプティリアタイプじゃないか! せっかくだから大事に育てなよ」

「すごいんすか?」

変温動物レプティリアが文化圏を作るのはすごいレアだよ」

「いえーい!」


 先輩は想像していたよりも、ずっと驚いた表情を浮かべた。僕は気を良くして思わず胸を張る。


「レプティリアタイプが進化してるの初めて見た。動画でも上がってないぞ……どんな条件振ったんだ?」


 藤谷先輩はぐぃっと僕の肩に手を置いて身を乗り出すと、携帯端末を支える僕の手の上から被せるように手を伸ばし、画面に触れた。びっくりして彼を見やれば、通った鼻筋の横顔が思ったよりも近くて、動揺する。

 しかし、僕が書いたフリーコードをざっと見た藤谷先輩は、うろたえる僕を気にした風もなく、眉間に皺を寄せた。


「……なんでこうしたんだ?」

「え? いや、なんとなく面白いかなって。あ、でも本命は第3惑星に生命体を発生させようと思ってたんすけど、何故か第2惑星(こっち)に……」


 藤谷先輩の疑問に僕は一旦画面に視線を戻し、その条件を書いた時のことを思いだそうとするけれど、うまく考えがまとまらない。


「恒星と近いから気温が高い、いや、地表の恒温状態が影響したならガス種か量かな……」

「どうっすかね? 本当は氷の惑星に、もっこもこのマンモスみたいなのが生まれればいいなって思ってたんすけど……グラフィック自体は結構いいカンジなんだけどな」


 考察を口にする藤谷先輩の横顔を、ちら、と盗み見れば、彼は真剣な表情でフリーコード欄をじっくりと読み下した後、僕に向き直る。逆に僕は慌てて画面に視線を戻した。


「グラフィック?」

「第3惑星のグラフィック、かっこよくないすか?」


 画面の中の第3惑星を示す。そこには雪氷(せっぴょう)の白銀の惑星が表示されている。なかなかかっこいい惑星ができたと思っていたし、彼もそう思ってくれればと同意を求めれば、先輩は驚いたように目を見開いてみせた。


「グラフィックまで考えてんの?」

「どうせだったらカッコいいのがいいっしょ! 雪と氷が恒星のわずかな光を反射する白銀の惑星……は生命が生まれなかったけど、ケバいカンジになった第2惑星でトカゲが進化するとか意外っすよね」


 第2惑星のグラフィックは落ち着いた第3惑星と正反対に、赤と黄の地表に緑の海。少しグロテスクのようにも思えていたけれど、……いや、でも生命が生まれたし、なんだかこれはこれでアリな気がしてきた。


「ケバいカンジ、」

「赤系の地表があつ~いって言うか……てかオウム? にこういう配色のデカい鳥いますよね? 灼熱っぽくていい気もするけど、ケバくないすか?」


 先輩はしばらくじっと第2惑星を見つめた後、ふ、と何かに気が付いたように視線をやわらげた。


「へえ」

「なんすか、」


 低くなった藤谷先輩の声に、僕は小さく肩を揺らす。


「いや、君、惑星系()の名前、」


 先輩に言われて、僕は「あ、」と大仰に肩を揺らした。

 そこに表示された惑星系の名前が<Fujiya System>だったからだ。見られたからには、もうどうしても誤魔化しようもないので、僕は正直に告白した。


「あ、先輩の名前借りたっす……」

「なんでだよ……? これじゃあ君の惑星系じゃなくて、僕の惑星系になっちゃうだろ」

「いや、思いつかなくて、」


 低い声から一転、先輩は笑いながら僕から身を離す。その際、僕の携帯端末を奪っていくのだから性質(たち)が悪い。

 というか、案外、無邪気に笑うこともできるんだな、この人。


「って、あ、なに、こっちは? Toyonari System? 友達の名前?」

「……オレの名前」

「……お前、そんな名前だったんだ」


 先輩は僕のデータを勝手に漁り、過去のデータを見て尋ねてくる。

 答えながら気が付いた。

 そういえば、この人、僕のことを名前で呼んだことあるっけ? 


「別にいいでしょ。だいたい、藤谷先輩、オレの名前覚えてます?」

「え……あ~これからトヨナリ君って呼ぼうか?」


 先輩は僕を見て、携帯端末の画面を見て、僕を見るとそう言った。


 これは覚えてないな。

 僕が情管室(ここ)に入ったときは、一応、僕のことを判別していたみたいだけど……うすうすわかってたけど、どんだけ他人に興味ないんだよ。


 だけど、彼のそういうところに救われているのも事実だ。きっとこの人は、僕の父が何者か(経済産業省の副大臣)なんて知らないのだ。


「いや、古池でいっす。下の名前で呼ぶの親と親父の関係者くらいなんで」


 呆れ半分に笑いながら名乗ると、先輩はちょっとほっとしたように表情を緩めた。


「だいたい先輩は何てつけてるんです? ……数字ナンバー、しかも4桁ふっての(0001から始めて)3桁目(0167)かよ!」


 先輩を押しのけて、彼のパソコンのディスプレイを覗き込む。先輩らしいと言えば先輩らしい名づけ(ネーミング)に僕が呆れて見せれば、彼は特に意に介した風もなく肩を竦めて見せた。


「どんだけハマってんすか、」

「いや、これだけやっても変温動物レプティリアは出なかったからな。古池、お前、才能あるかもよ?」

「え、」


 藤谷先輩の感心するような一言に、僕は思わず背筋を伸ばす。

 彼はやはり僕の反応に興味を示すことなく、言葉を続けた。


地球シミュレータ(SLGlobe)もやってみれば? 新しいバージョンが配布されてたはず」

「なんすかそれ?」

「地球環境をシミュレータするゲームだよ。惑星環境が地球に固定されてるんだけど地形・大気・生物・文明などを操作するゲーム。宇宙開発まで育てれたらオンラインで星間貿易できるよ」


 幾分、平和なゲームだ。


「先輩もやってんすか?」

「いや、あれはフリーコード枠が少ないからやってない。生命誕生に興味があるわけじゃないし」


 僕の問いかけに彼は緩く頭を振って否定する。


「……宇宙に興味があるんすか?」

「特には。これはシミュレータコードをいじれるゲームを探しててフリーコード枠が一番大きかったから」


 藤谷先輩は、これ、と言ってパソコンのディスプレイを、こん、と叩いた。

 そのわりには、やりこんでるような気がするけど。

 しかし、深追いする気はなく僕は気を取り直して問いかける。


「ふーん……じゃあ、何に興味があるんです?」

「……ここ」

「頭すか? 先輩、頭いーから、自分の頭の良さを解明したいんすか」

「違うよ」


 藤谷先輩は骨ばった指先で、自分の頭を指す。半分茶化す気持ちで、もう半分は真面目に聞いてみれば、彼はバカにしたように笑った。

 だけどその後、先輩は僕を見てなんだか妙に柔らかい表情を浮かべて、その癖、どこか戸惑いを残したような声音で告白した。

 僕はそれを敬虔な神父が、懺悔室で告解を聞くような気持で耳を澄ませる。


「ヒトの脳の処理、五感がどう処理されてるのか興味があって」

「それは、」

「古池が見ているあつ~いと感じる色が、どういう処理でアツく感じるのかってそういうの」

「……暖色系だからですよ?」


 よくわからず、間の抜けた僕の言葉に、藤谷先輩はその酷薄とする容姿に相応しい冷笑を浮かべる。


「クオリアって知ってる?」

「知らないっす、」

「興味があるなら自分で調べて」


 素直に答えたのに、突き放され、僕は拗ねてみせる。


「ちえ、まぁ、オレは宇宙の方が興味あるっすね」

「ふ~ん」


 しかし、先輩は興味なさそうにパソコンへと向き直ってしまった。


「今度こそマンモス誕生させるんで、そしたら星間戦争しましょ?」

「……僕は戦争をしたくてゲームしてるわけじゃないから」


 素気無く断られる。僕が不満を隠さず不貞腐れて見せれば、彼はぎっと椅子を引いて、顔はパソコンに向けたまま、視線だけを僕によこした。


「まぁ、でも……お前ならできると思うよ」

「え、な、何を根拠に、」


 予想外に甘い言葉に、僕はびっくりして反射的に問い返した。直ぐに視線をパソコンに戻していた彼は、今度はディスプレイから目をそらさずに言う。


「古池の脳にもマンモスの記憶があるかもしれないから。その環境を鮮明(・・)に思いだせばいけるんじゃない?」

「あ、それは知ってるっす! なんか先祖の記憶が今の人類にも残ってるからどうこうってヤツっすよね?」

「それ、知ってるって言っていい程度の知識なの……?」


 少し浮かれて、話題に喰いついた僕に、やはり彼は突き放すような口調で、呆れた笑みを浮かべて見せた。

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