アリス
ここは「Under Land」の出口。
アリスたちの目の前には、暗い穴がある。吸い込まれそうな暗闇が続いているのを見て、アリスは少し背筋がひんやりとした。
「この先を行けば、帰れます。」
白ウサギが言う。なるほど、目をよくこらせば、その穴のうんと先に、暖かな光が見える。アリスが、
「そして、もう二度とこの国には来れなくなる。そうでしょう?」
とため息をついた。白ウサギが赤い眼でアリスを見た。やっぱり嫌なのですか?と、眼で聞いている。
アリスは笑った。
「あたし、この国で沢山のものを見た。白ウサギさんにも会えたし、姉さんにも会えたし、皆にも。大人って、どんなものか、ほんの少しわかった気がする。」
アリスはしっかりと白ウサギを見た。
「あたしは忘れない。この国で知ったこと。
白ウサギさんのことも、みんなのことも、絶対忘れないわ。
あたしは、きっと素敵な大人になる!」
白ウサギは優しく微笑んだ。
「僕、僕ぅ、君に酷く不快なことばかりしちゃった…本当にごめんなさい…。でも、アリスちゃんといた日はとても楽しかったよ!」
3月ウサギが号泣しながらアリスと握手した。
「そういえば3月ウサギ君は涙もろいんだったなあ、忘れてたよ。」
帽子屋は笑いながら少し涙を拭った。
「僕の親友を救ってくれて、ありがとう、アリス。」
「俺も、おかげで王になれたしな。頑張って良い国にするよ。任せとけ、アリス。」
キチンとした服装のチェシャ猫…もとい、王がアリスの手にキスをした。
「…まあ、その、なんだ。」
青虫は長い長い沈黙の後に、目を背けながら言った。
「俺はあんたみたいな骨のある奴は嫌いじゃない。…しっかり大きくなれ。」
青虫の耳が赤くなっているのを見ながら、アリスは元気よく頷いた。
「この2日、まるで夢のようでした。あなたに会えて、心から良かったと思っています。」
白ウサギは少し躊躇し、
「お元気で。」
手袋を外し、そっと手を差し延べる。アリスは一瞬寂しそうな顔をしたが、
「白ウサギさんもね!」
と明るく言い、握手をした。
大きくて、温かい、優しい温もりが伝わる・・・。
さようなら。
「・・・ス、・・・リス、アリス!」
アリスはハッとして眼を開けた。目の前に、エルザ姉さんの顔があった。
「やっぱりここに居たのね。そろそろお茶の時間よ!」
身を起こすと、そこは雛菊が一面に咲く、広い野原だった。空は透き通るように明るく、優しい青色だ。
アリスは、エルザ姉さんがアリスそっくりな顔で笑ってるのを見て、急に涙が出て来た。
「えっ?アリス、どうしたの?」
エルザ姉さんが混乱した。
「姉さん、あたし・・・失恋しちゃった。」
アリスは嗚咽を噛み殺しながら一部始終を語った。
「あたし、白ウサギさんが好きだったの。でも、ダメだった・・・姉さん、恋って・・・恋って、とても素敵だけど、こんなに辛いものだったのね。」
姉さんはアリスの話を黙って聞きながら、泣きじゃくるアリスを静かに抱きしめた。そして、まるで子守歌を歌うような優しい声で、こう言った。
「そうね・・・辛いわね。姉さんも、辛くて辛くて堪らなかった・・・もう人を愛したくないって思ったこともあったわ。
でもね、やっぱり人を愛したくなるのよ。そうすると、自然と世界の色が、明るく変わるような気がするの。なんか・・・自分の視点が変わるからかな?
その人の良いところも悪いところも愛せる。自分も変わる。
だから、恋ってとても大切で、素晴らしいものなのよ。
アリス、あなたなら、また素晴らしい人を見つけられるわ。」
「本当かな?」
アリスが不安そうに、真っ赤になった目を姉さんに向けた。
姉さんは自信たっぷりに笑う。
「当たり前じゃないの!何てったって、姉さんの妹なんだから。アリス、モテモテで困っちゃうかもね!」
ぷ、とアリスが笑った。姉さんも笑う。
「姉さんの恋、叶うといいね。あたし、応援する。」
アリスが言うと、エルザ姉さんは驚いたような顔をした。でも、すぐに嬉しそうな、はにかんだような顔で、
「ありがとう。」
と笑った。
「さて、お茶会に行きましょうか。」
差し延べられた姉さんの手を握り、アリスはお茶会に向かった。
「そういえば、アリス、」
エルザ姉さんが、アリスの頭に、花の冠をフワッと乗せた。
「八歳の誕生日、おめでとう!」
アリス、
あなたは、気付いているかもしれない。
本当は、あなたが望めば、またこの国に来ることができると。
でも、
あなたは、多分もう、そんなことは望まないでしょう。
あなたは、また大人に近づいたんですから。
夢の国は、人が夢を見ることを忘れない限り、消えることは無いでしょう。
大人になっても、夢を忘れないで下さい。
あなたの幸せが、永遠に続きますように・・・・・・。
アリスは思わず振り返った。
どこかで、白ウサギの声が聞こえた気がしたのだ。
だが、アリスは少し微笑んだだけで、また前に向かって進んで行く。
明るい、夏の日差しの中、一面に咲く雛菊よりも、とても美しく輝く少女は、また一歩、大人になったのだった。




