ミアズマにて
ヨシローはベッドに座って気怠そうにしていた。焦点が合わない。もう少し寝るつもりだったが、メゾン・クローズからの出迎えと遭遇はしたくなかった。
枯山といわれるところは、この地方に広がる山々の中にあった。標高も高くはなく半日あれば頂上に到着できるようだ。
問題は瘴気があり人も生き物は寄りつかないという。魔疽についてはヨシローも理解していたが、瘴気はそれとは違うものらしい。
町の人からはミアズマと呼ばれていたが、その山だけ木々も枯れたように周辺の山と比べて色褪せていたので枯山と呼ぶようになったらしい。
枯山に入山すると重たい空気が纏わりつき、嫌な感じがした。ここの空気は吸ってはいけない。直感が働くほどに足がすくんだ。
鼻と口のあたりを覆うように布を巻き、いざ登頂を目指した。山の中腹を越えると
「これは!」
思わず口にするほどの光景を目の当たりにした。
人の社会が作り上げたであろう、産業廃棄物が打ち捨てられていた。ブロッセルから運ばれできた廃棄物ではない。いろんな国々から寄せ集めたような痕跡を感じた。今までに見たことのない形の何かに使ってたものの残骸、この辺では土地柄的に不必要なもの、すべてが腐敗がすすみ瘴気を生み出していた。
瘴気とは人間が知らずに作り出した汚染だったのだ。
しかし、誰がここへ集積したのだろうか。
運搬をするにはコストと危険がかかり過ぎだ。
ヨシローは再び山頂を目指した。
本当に生き物は生息してなさそうだ。虫すら湧かない。植物だけが逞しくまばらに生えていた。
いや、生物はいた。目の前に強硬な鱗を持つこの山の主に出くわした。
鱗の持ち主は脈動しズルズルととぐろを巻いてるのか、ほどいてるのかわからないほどの巨大な蛇だった。
うねりながら遂にその頭をヨシローの前に出した。双頭の白蛇がヨシローを見下ろしていた。
「なんだ、後ろから失礼なやつだな」
双頭の白蛇のどちらかが喋った。
「ここは、あなたの住処でしょうか?探しものをしています。この山に無断に立ち入ったことを許していただきたい」
ヨシローは布越しに大声で話しかけた。
「ここは、確かにわたしが鎮座している。だが誰の土地でもないからいるだけで、お前がここを通ろうが、くたばろうが一向に構わん。好きにしろ」
白蛇はそう言って、ヨシローを気にも留めなかった。
「清流の籠手というものを知りませんか?」
ヨシローの叫び声に白蛇は動きを止めた。
「それがお前に何の関係がある?」
白蛇はヨシローの目と鼻の先まで頭を近づけた。
舌を出しヨシローを威圧した。二つのスプリットタンをヨシローの周りでちらつかせた。
白蛇のピット器官が反応した。
「お前、名前が確か、犬娘と一緒にいたな」
白蛇が警戒を解くように言った。
ヨシローも何か思い当たる節があるようだ。
「アッハッハ。久しぶりだな。その節はお世話になったな。わたしだクチナワだ」
「精霊樹の泉で出会いましたね。思い出しました。ヨシローです」
「それにしても見違えましたね」
ヨシローもあの時の白い大蛇を思い出していた。
「脱皮を手伝ってもらったからな。言ったろ、わたしは魔族だと。身体は大きくなるし、頭も増える。アッハッハッハ」
ヨシローは堕天使のフィムとのやりとりを説明した。
「なんとかしたいのですが」
「なるほどな。以前その堕天使がわたしのもとに来たぞ。しまったな、追い返してしまったからな。ヨシローになら譲ってやろう」
「助かります。ところでこの山は瘴気がすごいですね。苦しくないですか?」
「大昔のことだ。わたしはヨシローの小指ほどの大きさの時にこの地に来た。その頃は大きなカラスがこの山の主でな。遠くへ飛んで行ってはガラクタやらを集めて、この山をゴミの山にしていたのだ。そいつと戦って勝ったから今はわたしがこの山で鎮座している。まあこれ以上瘴気が溢れることはないだろうが、生物が住めるようになるには何百年と時間がかかるだろうな。わたしは苦しくはないが、他に捨てる場所もないしな。自然に委ねるしかないようだな」
「お強いのですね」
「わたしの元々の魔力だけではない。これがわたしを強くしていたのだ」
クチナワは尻尾に嵌めた輪っかをヨシローに見せた。
「取るがよい」
言われるままに輪っかを取った。
輪っかは元の形に戻るように光出した。
「それが清流の籠手だろう。今のわたしにはもう必要ない。人間の友よ、お前はお人好しが過ぎるぞ。だがわたしは嫌いではない。アッハッハ」
クチナワは静かにとぐろを巻き直し眠りに入った。
ミアズマは人間の廃棄物に埋め尽くされた瘴気の山。自然を取り戻すために時間をかけゆっくりと自然の中に消えていくのを自然の力だけに委ねられた誰も寄りつかない孤独の山。
クチナワはこの山に鎮座し静かに暮らすことを選んだ。悠久の時を過ごすのだ。
思いがけない相手から清流の籠手を譲り受けた。今は下山しよう。フィムとの約束をひとつ果たしたのだ。ゆっくり静養して次のことを考えよう。
ヨシローの胸のつかえがほんの少し楽になった。




