手紙 1
マリアベルは商館で手紙の受け渡しをしていた。カウンターで毎日したためた手紙を送り、自分宛に手紙が届いてないか記録を確認していた。
マリアベルの月に一度の休みはこのルーティンで始まる。受け付け係はいつものように記録を照合して、手紙は間違いなく送り先に届いて、送り先から返信がないことを伝える。
しかし、今日に限って答えは違った。返信の手紙が届いていた。
マリアベルの胸は高鳴り、思わず開いた口を手で覆った。手紙を初めて受け取り涙が出そうなのを必死で堪えた。
「大丈夫かい、お嬢さん。気分が悪そうだから声かけたけどよお。どっかで休むかい?俺んち近いからよ、そうしなよ」
グイッと腕を引っ張る男に商館の人が間に割って入って男の手を止めた。
「辞めてあげてください。この方はマダムテレーズのとこの…」
「わかってるよ!上玉だろ」
男は商館の人を突き飛ばした。
「辞めてあげてください」
また間に割って入って止める者がいた。
「恥ずかしくないのですか?」
リタは抜剣する素振りを見せた。
舌打ちをしながら男は去っていった。
「ごめんなさい。貴女のような子供にまで助けていただいて、小さいのに勇敢なのね」
マリアベルは涙を拭いてお礼を述べた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。手紙が届いて嬉しくて、つい」
放心状態だったマリアベルは男の言葉が耳に入ってこなくて固まってしまっていたのだった。
「手紙の中も読んでないのに、舞い上がってたわ」
「とても大切な人からのものなんですね」
マリアベルは笑って頷いた。美しい微笑みにリタは見惚れてしまっていた。
「お嬢さんは旅人さん?ずいぶんと怪我だらけよ、髪も服も汚れてるわ」
「大丈夫です。舐めとけば傷は治ります。わたしお風呂に入らなくても平気なんです」
「可愛らしい獣人のお嬢さん。変な民間療法を信じてはダメよ。それにお風呂に入らないなんて好きな男の子がいたら平気?」
「うぅ、」
リタはぐうの音も出ないほどもじもじした。
「この町に安い宿はないですか?そこできれいにしてきます」
「そうね。安いお宿を紹介するわ。でも助けていただいたお礼を先にさせてちょうだい」
お互いに自己紹介を済ました。
マリアベルはリタの手を引いてメゾン・クローズに連れて帰った。
「リタちゃんは上等な髪質を持ってるんだからお手入れはちゃんとしないともったいないわよ」
湯けむりの中、マリアベルがリタの頭を洗ってあげていた。耳が齧られたようにボロボロになって痛々しい。身体中に生傷があり、ここニ、三日の間にできた傷のようだった。顔も片目が腫れ半分塞がっていた。
「傷に染みる?」
「大丈夫です」
リタは恥ずかしそうに固まっていた。
「あら、どうしたの?お風呂は嫌い?」
マリアベルがぎこちないリタに問いかけた。
「マリアベルさん、きれい」
もじもじとリタが答えた。
「まぁ、嬉しいわ」
「マリアベル。獣人の子拾ったんだって!?」
勢いよく大浴場に入ってきたのはコーラだった。
こんにちはと挨拶を済ましてリタを抱きしめた。
「可愛いい!定番の尻尾モフっていい?」
リタはドキドキしながら定番ってなにと返した。
しかし、リタの尻尾はしっかり泡で洗われてしなっていた。
二人のニコニコしたお姉さんに囲まれてリタは緊張した。マリアベルは透き通った艶のある美人。コーラに抱かれたときはその柔肌に母性的な温もりを感じた。
「リタちゃんは剣士なんだ。リアーヌと一緒だね。あとでリアーヌも紹介するね」
コーラはリタの耳を撫でて遊んでいた。くすぐったいはずなのに気持ちがいい。ずっと触られたい気持ちになった。
お風呂のあとは、マリアベルの部屋でケガの手当てをしてもらった。
「すごい豪華なお屋敷ですね」
「そうね、ここではたくさんの仲間と共同生活をしているの。あと旅人向けの服を用意してもらったから、それを貰ってくれるかしら。お宿まで馬車も出してくれるから遠慮せずに使ってちょうだいね」
「こんなにお礼をされては、どうしたらいいか困ります」
リタは綺麗な白檀の素材でできた櫛で髪を漉いてもらった。
「この櫛はね、静電気が起こりにくくて髪にダメージが入らないからお気に入りなの」
マリアベルは気が済むまでお礼をさせてと言わんばかりにリタに尽くした。
「あの、待ちに待ったお手紙なんですよね?読まなくていいんですか」
マリアベルは少し下を向いた。
「ちょっと勇気がない、かな」
リタは馬車に揺られながら宿に着いた。
(お金、どうしよう)
宿のオヤジさんを前にしてもじもじしていた。
「あの、実はお金がなくて。下働きはなんでもしますので一晩泊めていただけませんか?」
オヤジさんはリタを見つめて
「二泊三日飯付だろ?前金で貰ってるよ」
と言って部屋札を渡された。
部屋札を両手で握り締めながら感謝した。もう疲れて倒れそうな一歩手前だったのだ。
その夜、マリアベルは人知れず涙を流していた。
とめどなく溢れる涙を自分ではどうしようもないくらい感情が昂ぶり、涙がその手紙を濡らしていた。




