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小閑 4

 ハムエッグとバターたっぷりの厚切りトーストがヨシローの目の前に並んだ。後ろから女給がお茶を淹れてくれた。


「どういうつもりですか?こんなに施しを受けることはしてないですが」

ヨシローは申し訳なさそうにため息をついた。

「じゃあ、どの子か抱いてやったらどうだい。あたしは恩を返すまで帰さないよ」

サラダを頬張りながらテレーズは言う。


「あんたみたいなウブな男がみんな好きなのさ。うちの子たちが楽しみにして待ってるんだよ。ところで、アグネスには会ったかい?」

テレーズの問いにヨシローは口の中のものをゆっくり飲み込んで答えた。

「敬虔な修道女ですね。お祈りが終わるまで待たされました。特に困ったふうにはみえないのですが」


テレーズは口元を拭き

「あの子はね、奴隷紋があるんだよ」

ヨシローの顔つきが変わった。


 奴隷制度。封建主義の世界では必ずといっていいほど存在していた。主君が家臣に封土を与え国家を形成する上で政治的秩序が作られた。主に軍事奉仕が中核だったが産業発展のために農奴制が導入された。農園の拡大に始まるが、資源採掘のため別の奴隷階級がつくられたりと多様化していった。

しかし、奴隷制度は風化していった。


「無駄に増えた貴族階級の奴らはね、国を動かす(まつり)ごとなんかにつかう頭なんてないのさ。祭り事に履き違えた奴らは享楽のために奴隷を個人の私物化として遊びで奴隷を作ったのさ。アグネスはね、そんなバカ共のたわいもない戯れの犠牲者なんだよ。無理矢理奴隷紋を焼印されてさ、教会から追放されてブロッセルに流れて来たんだよ」


女給は済ませた食事の皿を下げて、キセルの箱を用意した。

「不憫に思ってね、うちで引き取ろうかと思ったんだけどアグネスは神に祈りたいってさ」

キセルを吸って、フーっと煙を吐いた。

「あたしだって気にかけてるんだよ。アグネスはね、賊に襲われることも若い旅人が窮地を救うはずだとあたしに告げたんだよ。あんたに出会えてピンときたね。だからあたしはあんたに構うのさ」


「そうそう、あんたの探してる魔道具。まったく情報はないね」

ヨシローは落胆した。

「ただ、リアーヌがね、魔力探知ができるなら枯山に登ってみたらどうだってね。あの子は元冒険者だから一応ね」

「枯山?」

「瘴気が濃くてね、生き物が寄りつかない山があるんだよ。行ってみるがいいさ」

「わかりました。ありがとうございます」


 扉がノックされて女給が入ってきた。ヨシローはもしやと思った。

「ご準備ができました。ヨシロー様」

ヨシローは予感が当たった。テレーズは行ってやりな、と催促した。

女給に連れられて前回と違った部屋に到着した。


「なんで、来なかったんですか?迷惑でしたか?」

腕にしがみつく女性が元気よく顔に近づいた。

「えっと、テレーズさんに用事を頼まれまして…」

言い訳だが間違ってない。

「リアーヌと店外デートしたことがですか?」

そうじゃなくて、アグネスの件を話そうと思ったが謝罪した。早く手を離して欲しかった。


 この明るく元気な声の持ち主は間違いない。鉄柵の向こうで話しかけて来た女性だ。

女性はじっとヨシローの目を覗き込んでいる。

「あの、どうしたらいいですか?」

「名前を呼んで」

ヨシローは考えた。思い出せない。いや、記憶がない。


「あの、自己紹介されてましたっけ?」

ヨシローの問いに、女性は目が点になり

「してないわ。ごめんなさい」

掴んでいた手も離してくれた。


淑女らしく丁寧にお辞儀をして

「コーラと申します。お見知りおきを」


ヨシローもあらためて名乗って挨拶をかわした。


「それで。リアーヌと何を喋ったの?マリアベルってヨシローさんから見てどんな印象なの?」

質問の洪水に溺れてかけた。


「わたしはねえ、若い頃に子供できちゃったの。旦那は暴力で物事を解決する人だから子供連れて逃げてね」

急に話題を変えて自分のことを喋りだした。情報処理が追いつかなくなりそうだ。

「子供はねえ、今学校に通ってるの。特待生なの。貴族と混じって勉強してるの。寄宿舎から通ってるから一緒には暮らしてないんだけどね。わたしみたいなのから立派な子が生まれるなんて奇跡じゃない?息子が卒業するまでは頑張ろうって思ってマダムテレーズのお屋敷にお世話になってるの」

たくさんの息子自慢を聞かせてもらえた。子供はコーラの仕事を知らないらしい。だが頑張って優秀な成績を維持して、手紙のやりとりやコーラの誕生日には贈り物も届けられるそうだ。


 それにしても、ここの女性は個人の情報をオープンにし過ぎてないだろうか。

「だって、マリアベルがそういう自己紹介したって言ったからわたしもそうしなきゃって思ったもの。ちゃんと同じ土俵で競わなきゃダメでしょ?」

「何を競うんですか?」

「もちろん、ヨシローさんのご指名よ」


 宿屋に帰るとヨシローはぐったりしていた。そんなつもりはない。と気持ちを反芻させ目を閉じた。


枯山に行こう。冒険をしよう。清流の籠手を探そう。旅の目的を見失うな。深い眠りに落ちよう。

結局、悶々として眠りについたのは明け方だった。







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