小閑 2
「何をおしゃべりしましょうか?」
マリアベルは嬉しそうにお茶を淹れてくれた。
ティーカップを持つのはサンテールにいた頃以来だ。
「旅人さんと聞いてましたが、お茶を嗜むのですね」
ヨシローは普通に香りを楽しみ、一口つけただけだった。
「以前、貴族の屋敷で使用人として働いてました。食事の作法や言葉遣いはまだまだですが、それなりに訓練を受けた時期があります」
「素敵だわ。何か品が備わっているのが見えましたわ」
マリアベルの声は澱みない水の流れのように澄んでいた。
「わたくし、小さい頃に修道院に入りましたの。そこで生活してある人と出会い愛するようになりましたの。結婚の準備もしていましたわ」
マリアベルが突然生い立ちを語り出した。
「えっと、あの、いいんですか?僕はたまたま通りすがりの旅人ですが」
ヨシローは興味本位で踏み込んでいいのか許可がいる話しだと思った。
マリアベルはさえずるように笑い、頷いた。
「わたくしのことを知っていただけたら緊張も警戒もしなくていいのじゃないかしら、と思いましたの。それに貴方とおしゃべりしたいの」
マリアベルは話しを続けた。
「結婚の報告は悲惨な毎日でしたわ。彼の親には猛反対されて、心が次第に押し潰されて泣いてばかりいましたの。それでも彼の愛情を信じて結婚に踏み切ろうとしました。ですが、それを許さない増えていく周りの反対する者が、遂に彼を戦場に送り出してしまったのです。残されたわたくしは身籠ったにもかかわらず遠い地へ追いやられるのを余儀なくされました。わたくしは毎日彼に手紙を書きました」
ヨシローは何故だかハンカチで目元を拭いていた。
「半年が経ち兵役が終わったら迎えに来てくれると信じてくれました。ですが、迎えに来てくれたのは手紙に書いてあった彼との子供だけでした。わたくしは突き放され置いてかれました。母であるわたくしにはとても辛く、まだ赤子でわたくしが必要であると必死に訴えました。もちろん彼への変わらぬ愛も伝えました」
ヨシローの涙腺は崩壊していた。
「毎日返事のない手紙を書いて送りました。ある日一通の手紙が届きました。五歳になった子供が病気に罹ったとだけ。名前も彼と一緒に決めようと約束したはずが名前も決めずにわたくしから奪い去ったのです。子の名すら知らない母ですが、神にすがる気持ちで働きました。どんなに身を粉にして働いてもお金は全然足りません。働いたお金を薬に替えるには全然届きません。マダムテレーズに運良く出会えたわたくしは、この身を売って子供のために存在しているのです」
ヨシローは目を真っ赤にしながらマリアベルを見た。彼女の机に書きかけの便箋と封筒が置いてあった。
マリアベルのその彼と子供への愛が失われていないのだった。
「すいません。孤児院育ちなんで独りにされたことに
共感してしまって」
「貴方も孤独なんですね。わたくし、たまにこうして吐き出さなければ、想いが薄れていくと危惧していましたの。貴方に話せてよかったわ」
他にも色々と明るい話しやヨシローの旅の話しも交えて時間を過ごした。
「ヨシローさん。今日は楽しかったですわ」
マリアベルは少しすっきりした面持ちでヨシローを送り出してくれた。
ヨシローもお礼を言うと、マリアベルは手を振ってくれた。立ち上がった姿は色気があり艶やかな唇から
「わたくし、期待してお呼びがかかるのを待ってますわ」
ヨシローは赤面しながらテレーズの部屋に戻った。
「どうだい。いい子だったろ」
「心の綺麗な方でしたね」
ヨシローは正直な気持ちで言った。テレーズはキセルに火をつけた。
「この世界はね。自分の欲を満たすために来るものもいるけど、生きるのに不器用なものもいてこの仕事を選択せざるを得なかったりする。誰かのため何かのために歯を食いしばっているんだよ。もちろん何もわからず売られて来たものもいるがね」
「勉強になりました」
女給がやって来た。おいとまの時間だ。
「ヨシロー。あんた時間があるならちょいと頼まれてくれるかい?」
「お聞きします」
ヨシローは快諾した。
「ブロッセルを西に出ると泉があるんだけどね。そこで毎日お祈りしてる修道女がいるんだが、気にかけてやってくれるかい」
「わかりました」
ヨシローは女給に連れられメゾン・クローズを出た。
出てすぐにヨシローは引き止められた。声のする方を向くと屋敷の鉄柵の向こうから手招きする女性がいた。
怪しくなって迷っていたら
「ヨシローさん。次は私のとこに来てよ。私もあの馬車に乗ってだんだから。」
そう言われてしまうと頷くしかなかった。あと何人のために通わなくてはならないのだろうか。
「ヨシローさん。私こっそり抜け出して来たんだから。絶対よ。明日きてね」
ヨシローは返事に困っていると
「あっ、私ここで働いてるものだから。私娼じゃないよ。公娼だよ。敷地の中にいるから信じてもらえるよね。じゃあね」
バレたらまずい。といった感じで走って屋敷に戻って行った。
顔は見えなかったが、明るく元気な感じだった。
晩御飯は何かお薦めのお店を紹介してもらった。店に入ると皆がヨシローをチラチラと見てくる。
注文したのもお薦めでと言うと、こってりした肉料理が出された。
今回はお金の心配はないだろう。
にんにくの匂いが香ばしいソースが絡んでいた。なんの肉だろう。美味しそうだ。
「お兄さん。明日もお屋敷に行くのかい?精をつけて行きなよ」
定食屋の女将さんに背中を叩かれた。




