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娼館

「いや、悪かったねえ」

テレーズの笑いが止まらない。

「あの、用が済んだのでこれでおいとまします」


笑いを堪えてテレーズがヨシローを引き止めた。

「恩が返せないのは申し訳ないよ。気が向いたらここへおいで」

「マダム。すみません。私の早とちりもあります。別の形で何か恩返しはできませんか」

リアーヌはブロッセルに来訪する客は常々、娼館目当てなものだからヨシローのこともその手の遊びに興味があってこの町に来たのだと思っていた。


「って言っても、娼館だからねえ。出せるものはうちの子たちの熱いサービスしかないよ」

テレーズの言葉に

「では失礼します」

ヨシローは恥ずかしくなって部屋を出て行った。

「マダム。恩人を宿屋まで送ることを許可してください」

リアーヌの言葉はテレーズの返事を待たずにヨシローを追いかける形で部屋を出て行った。


「そこの恩人!」

リアーヌが大きく広がったスカートをつまみ上げ走ってきた。

ヨシローはこのまま聞こえないフリをして立ち去ろうかと思ったが躊躇って立ち止まった。


「恩人の名前をお伺いしてもいいかしら。宿泊先まで送っていいとマダムの許可を得ましたので、ぜひ送らせてください」

リアーヌが呼吸を整えながらヨシローに追いついた。


「あの、大丈夫ですよ」

ヨシローは赤くなった頬が隠せなかった。リアーヌの赤いドレスから柔らかそうな谷間が揺れながら迫ってくるのを見てしまったからだ。


「えと、馬車には他の子たちもいたので、彼女たちも感謝の言葉を伝えたいと思ってるはずなんです。よろしければお会いになってくれるかしら」

「無事でよかったです。僕のことは気にしないでください」


「では、お名前は?」

「…ヨシローです」

会話が振り出しに戻った気がしたので諦めて答えた。

「では、参りましょう」

ヨシローの腕を掴みリアーヌは宿屋に一緒に向かおうとした。しっかりと胸が当たっていた。


「おい!」

罵声に近い怒った声で呼び止める男がいた。

ヨシローとリアーヌは自分たちのことと思い、目の前にツカツカ歩み寄る男に立ち止まった。

「こんな底辺の仕事してる女が若い男の時だけ店外を腕組んでお天道様の下を堂々と歩くんじゃねえよ。穢らわしい」

男はリアーヌを指差して罵った。


「行きましょう」

リアーヌは毅然とした態度で男に道を譲る形でヨシローの腕にさらにしがみつき通り過ぎた。

「おい、待て。売春婦!こんなことして親が悲しむだろうが」

男は公衆の面前で大きな声を張り上げさらに罵った。

二人は男を無視して歩いた。


「たまにいますの。私たちを説教だと憤慨される殿方が」

リアーヌが落ち着いた表情でこたえた。

「でもひどいですよね。注目を浴びるようにわざと大きな声で威圧感丸出しで」


「そうね、うんざりするわ。でもああいう殿方もうちでやることはヤってるんだから。不思議ね」

リアーヌの苦笑にヨシローはポカンとした。

「あの殿方もなけなしの金貨をはたいてうちを出入りしてお遊びしてらっしゃるんですの。ああいうプレイって濡れないわ」


ヨシローは言葉を失った。経験不足のせいもあるが、リアーヌの逞しさもあった。

「ヨシローさんは私たちを蔑んでますか?」

「いえ、僕も孤児院育ちなので似たように罵られたことはあります。あとその手の経験が乏しいので、その」

リアーヌは優しい眼差しでヨシローを数秒の間見た。

「残念。ヨシローさん、童貞じゃあないのね」


ヨシローは一瞬クレイを思い出したが、表情が固まってしまって身動きすら取れなかった。


「あの、いつまでここにいるんですか?」

会話はヨシローの宿の部屋だった。リアーヌはベッドにちょこんと座り楽しそうにおしゃべりモードに入っていた。

「私たち休みなく働いてるから、自由ってなかなかないのよね。こういう疑似恋愛が大好きなの」


 彼女たちの一日は、メゾン・クローズの中にしかなかった。朝から朝食を食べながら外の情報、ある時は近隣諸国の政治や経済、細かいところで市井の話しや流行りのことまで広範囲の会話が飛び交うようになされた。情報元は顧客だったりするが、外を飛び回る諜報係がいるらしい。

淑女の教養を嗜み、今日のドレス、下着を選び、髪を結いメイクを女給に手伝ってもらうそうだ。


頻繁に隣の辺境伯の屋敷に招かれることがあり、指名を受けた彼女たちは馬車に乗るのだそうだ。

辺境伯こそが最大のパトロンであり乱痴気騒ぎの主催者でもある。

その帰りの馬車が追い剥ぎに襲われたところをヨシローが駆けつけたのだった。


そして体調管理が徹底してあり、主に性病の検査がしっかりとされる。

性病に罹り引退を余儀なくされたものは娼館を出るものいるが、感染の疑いがなければ薄給になるが女給や諜報員として雇ってもらえる場合もある。


様々な理由でメゾン・クローズの戸を叩く者がいて、みな一様に仲はいい。

辺境伯主催のパーティや娼館を訪れる常連客の性癖なんかも情報交換される。


「あの、送りますよ」

ヨシローには刺激的な内容も含むので配慮に困った。

「あら、嬉しいですわ」

結局、メゾン・クローズまでリアーヌを送り届けた。









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