林檎の価値
「ふーんふんふんふーん」
デュラハンの鼻唄は絶好調だ。
「ご機嫌ですね。デュラハン様」
リタはぎこちない様子だったが庭園に咲く花に癒されているのを全身で感じていた。
リタの肩に止まるコカトリスが妙に人懐こい。
「いろんな人がここを訪れたけどな、お前が最高だぜ」
デメテルが楽しそうに過ごしたこの数日がコカトリスにとって余程嬉しかったようだ。
たわいもない会話もしたが、話しをする心を通わせるということがどれだけ心を慰めるかを知った。
「わたしもデメテル様の心遣いが大好きです。コカちゃんのことももちろん大好きです」
リタはコカトリスに頬擦りした。コカトリスは恥ずかしくなって硬直した。
「おや、リタ嬢。石化能力を持っていたのか?」
デュラハンの冗談にコカトリスは怒った。
「うるせー」
「デメテル様!」
リタは大きな声で挨拶をした。走り寄ってデメテルに抱きつき
「受けたご恩は一生忘れません。デメテル様の大切に育てた花も、デメテル様の淹れてくださったお茶も、デメテル様のこの温もりも!」
抱きしめたリタの手にちょっとだけ力が入った。
デメテルの蛇はチロチロと舌を這わせたり噛みつこうと毒牙を剥き出しにしたりしたが思いとどまるようにリタに身を預けた。
「リタさん。いってらっしゃい。わたくしの願いをよろしく頼みます」
デメテルは、デュラハンに目配せした。
デュラハンは頷くようにリタの手を引いてデメテルとコカトリスを置いて連れて行った。
デメテルはリタの後ろ姿を最後まで見届けた。
リタはデメテルの思いに応えようと決心を固めて歩き出した。
リタの後ろにはデメテルが静かに佇んでいた。石に囲まれた庭園の中で。
「黄金の林檎は争いを生む果実。我は不和の林檎と呼ぶが、それでもデメテルにとっては愛情を示された果実。我の剣は魂を刈るためにしか使えない黄泉送りの剣。さあ、ここからはリタ嬢が一人行かなければならない。目隠しを外すが振り向いてはならぬぞ」
デュラハンはリタの前にかがみそっとリボンを解いた。
リタは黒く洗練された意匠の鎧を抱きしめ
「デュラハン様もここまでありがとうございました。ですがわたしに黄金が斬れるでしょうか?」
「所詮、果物よ。リタ嬢なら確実に斬れる。よいな。この先の台座に林檎はある。それを守るラードンという不眠の蛇を倒せ。ご武運を祈る」
ストーンガーデンを抜け一本道をずっと歩いた。手は剣にかけ、いつでも抜剣できるようにしていた。
寝ずの番。不眠のラードンはすでにリタを警戒していた。
「帰れ。小娘にこの黄金の林檎の価値がわからぬか」
ラードンは警告をした。
「デメテル様の願いによりその林檎、叩き斬りに参りました」
リタは剣を抜いて構えた。
「メデューサにとっての価値はそうかも知れん。しかし本当の価値はそうじゃない。オレはヘスペリスが最果ての園で丹精込めて育てた林檎を守るために遣わされたわけだ。オレにはオレの価値がある」
「ですが、争いの種になり、成就しなかった愛の証となりました。心を前に進めるためにわたしは林檎を斬ります」
「本来の価値も知らずお前たちの戯れで価値を履き違えたうえ、黄金の林檎を斬り捨てるか。どこまでも身勝手なものよ。ヘスペリスの名の下に林檎は渡さぬ」
「確かに理不尽なのかも知れません。それでもその業、わたしが背負います」
ラードンが牙を剥いた。
「回天!」
リタの渾身の突きが衝突した。互いに弾かれ距離を置いた。リタに迷いはない。恐怖もない。二撃目の溜めもつくった。
ラードンのピット器官がリタの動きを完全に捉えた。筋肉の弛緩、魔力の流れ、すべてを読み取り攻撃に備えた。
「回天!」
ラードンはしなり攻撃を躱わす。反撃に移りリタに巻きつこうと迫った。
「回天!」
脱出と同時に攻撃に転じた。
「それしか芸がないようだな。小娘」
「何度でもやります」
リタは剣の切っ先が鈍らないよう集中した。身体の隅々まで魔力が行き渡りラードンの首を捉えた。
「想いは必ず届けます。回天!」
地面を蹴って超高速の突進、連動して腰から肩、リストを伝って剣身、切っ先へと回転と力が清流のように澱みなく伝わる。リタの集中力は極限に達し狙いを外さない。
「しょうもない。一時一緒に過ごした他人の想いごときで生命を張ることのものか」
ラードンの罵りにリタの心は揺るがなかった。
デュラハンが拾った命、デメテルの親切と介抱がなければこんなに戦えなかっただろう。デメテルの想いだけではない。リタ自身のこの先に待つヨシローへの想いものせて今戦っている。臆することなく剣を握っていた。
(旅をしてヒトと関わって、自分の無力さを味わって、足手まといが治らず臆病だったわたしは貴方の前に立つ資格はないかもしれません。お側にいることを望めば迷惑をかけるかもしれません。それでも貴方の言葉で答えを聞くまで納得できません。声を聞くまでもがきます)
コンマ数秒の思考もリタの集中の邪魔にはならなかった。むしろ余裕で他のことを考えてしまったくらいだった。
「参ります」
リタの攻撃は止むことなく降り注いだ。




