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火のスレナ 2

 酒場の仕事を出禁になった。

外から来たならず者たちが連夜、酒を酌み交わし暴れて店の器物を破壊し続け、悪どい商人がこっそり詐欺紛いな商売を持ちかけたりと、治安が悪くなったからだ。それでも店主は酒とつまみさえ出せば壁に穴が空こうが椅子が壊れようがテーブルの脚が折れようが商売は成り立つと。商魂たくましい人だ。

ヨシローは危ないからしばらく来るな。とのことだ。


店の外で座り込んだままヨシローは空を見上げていた。酒場から大騒ぎする音、時々けたたましいガサツな笑い声が溢れてくる。それでもヨシローが見上げる空は静寂に包まれ、喧騒のすぐ隣でまるで別の世界にいるかのようだった。

(そうだ、空間の歪みに行こう)

思い立ったが、一瞬にして空気の濁りみたいなのを肌に感じた。行雲流水は感覚を敏感にし、領域範囲内の対象を認知する。

(リオットたち…)

ヨシローは酒場の前を立ち去った。


「ヨシローのやつ、俺たち見るといなや逃げだすようになったな」

「酒場もクビになったんですよ、きっと」

ゲラゲラ笑いながらリオットと取り巻きのゴロツキたちは酒場の中に入って行った。

「どうでもいい。せめて村から出ていきゃいいんだ」


夜が明ける頃。修道院にいる人が皆大騒ぎになった。

ヨシローも遅れて外に飛び出した。年配の太った修道女が何やら御者と揉めている。そのうしろで、別の修道女が子供を膝に抱き抱え祈りを捧げている。荷馬車に帯同していた者、近くに住む者。ぞろぞろと集まり出した。年配の太った修道女が身振り手振りリアクションを大きく抗議しだす。それを御者は片手で払い退ける。

「姉さん」

「馬車に轢かれました」

遠くの町から夜通し馬車を走らせることはよくあることだ。夜明け前に村に到着したはいいが減速せずに走って子供をはねた。


「ベッドに連れて行きます」

ヨシローは子供を抱き抱え、ヘイレンと共に診療所に足早く駆け出した。

子供の血を全身で受けとめた修道女は目を閉じ立ちすくんだまま祈るように両手を結んだ。


修道院の人たちの一日は早い。しかし、子供達は朝早くとも敷地の外に出るような手伝いは一切ない。

診療所は静けさに包まれ、沈痛な面持ちでいた。即死。

警察もない。法もない。

「神様の罰がくだりますように」

涙を流しながら太った修道女が言う。

ヘイレンは一言も語らずずっと祈りを捧げている。

ヨシローは泣き崩れる修道女を自室に連れていくのを手伝った。

(行雲流水を常時展開できればいいんだ。これは戒めだ。僕がやらなきゃいけないんだ。そのために授かったモノなのに)


泣き崩れる修道女をベッドに座らせ

「修道士様は?」

「市街の方でご奉仕です。いつ帰ってくるかは…」

「市街へ行く馬車があれば手紙を渡してくれるようお願いしてみます」


他の子供達が心配だ。様子を見て一緒にいてあげよう。ヨシローは炊事場や聖堂に行って子供達をひと所に集めて抱きしめた。

子供達は何も言わない。察しているのだろう。泣いてもいいのに。なんでもいいから聞いてほしい。感情をぶつけてほしいと思った。ただ静かに時を過ごした。


スレナと久しぶりに会った。あれから何日も経ち、悲しみが消えない毎日を過ごしていた。

「ヨシロー」

スレナが近くまで寄ってきた。

ヨシローは軽くお辞儀をした。

スレナは村外れにある共同墓地に墓参りにきてくれたのだ。


スレナの話しだと、子供を轢いた御者は村長に大金を払い示談成立で終わったとのことだった。このことがあまりにも不誠実過ぎて修道院の人たちを悲しみから抜け出させないでいる。


スレナを見送ってヨシローはふらりと村を徘徊した。


「よお、迎えに来てやったぜ」

「リオットさんが優しい言葉をくださるってよ」

「ついてきな。逃げたら修道院のババァを殺す。ガキでもいい。逃げんなよ」


リオットはイライラしていた。酒樽に座り脚を組んでずっと遠くを睨みつけていた。視線の先に三人分の男の影をとらえた。真ん中にヨシローがいるのを確認して唾を吐いた。


「辛気くせえなぁ。なんで他人が死んだだけでずっと落ち込んでいられるんだよ」

ヨシローの両隣にいたゴロツキがリオットの周りに陣取り棍棒を手にした。


「腐った性根を叩いてやるよ」

罵詈雑言を言いたい放題になげつける。

ヨシローは限界だった。自分の大切な家族が冒涜されたのだ。


ゴロツキが振りかざした棍棒をヨシローめがけて叩きつける。が、ヨシローは大きくうしろへうしろへかわす。必要以上に距離を置いてもう一人のゴロツキの暴力を警戒した。二人のゴロツキは一緒にしか行動できない。いつもそうなのだ。そしてリオットの腰巾着になって威勢を張る。


リオットはいつだったか火の魔法を使ったときと同じようにぶつぶつ言い始めた。今ならわかる。これが詠唱というやつだ。魔法を使うための儀式だ。


右へ左へ走りゴロツキたちの攻撃をかわしつつも、さすがにケンカ慣れしているというか暴力を振るうのにためらいがない。じりじりと追い込まれ出した。


ヨシローは森の中に飛び込んだ。全力で走った。

「腰抜けめ。今日は逃さねーからな」

森の中に入れば利があると思ったのだろうか。リオットたちもこの村の住人なのだ。逃げて隠れてやり過ごすなんてことはできない。

ゴロツキたちは喜んで森の中に消えて行った。

リオットは、じっとヨシローの背中を睨みつけていた。森の中に消えたあとも。


スレナが恐ろしい形相で立ち尽くしていた。

「確認する。ヨシローがリオットの手下と歩いて行ったんだな」



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