火のスレナ 1
「ハイネぇ」
シルフィがピューンとハイネに向かって一直線に飛んできた。
「あらあら、いったいどこをほっつき歩いてたのです?」
シルフィを胸に抱きしめて羽の汚れを拭き取ったり、とんがり帽子のシワを正してあげた。
「外の世界をちょっくらなぁ。一ヶ所にいるなんて風の精霊にとっちゃぁ酷ってもんだぜ」
「わかりますが、こればかりはどうしようもないことですから」
歪みの空間は常にヨシローが生きる世界を意思もなく漂うオールのない小舟のようなものだ。それがずっと一ヶ所に停泊した状態が精霊たちにとって異常な事態だったのだ。
「暇潰しに、人間に関わったようには見えねぇけどよお。ずいぶん肩入れしたじゃぁねぇか」
シルフィがハイネの谷間から文句を言う。
「精霊ってのは人間に惚れやすいからなぁ」
「あら、シルフィも好きになりました?」
「パンは好きになったけどよぉ。ヨシローはどうだかなぁ」
昼下がり、ヨシローは同じ孤児院の子供の手を引いて通りを歩いていた。通りの真ん中を商隊の馬車が何台も行き交い慌ただしい。舗装のされていない道は時折馬車を大きく揺らし歩行者を危険に晒す。
村の防衛ラインが拡張されたため、冒険者と資材や物資を運搬する職人たちが集まってきているのだ。それを相手にする商人たちも溢れて、一気に人口が膨れ上がった。
冒険者には魔獣の討伐依頼と討伐成功後の魔獣から取れる素材の売買。
村の土地が広がれば住居や畑の拡張で開拓に関連する職人たちが集まる。
しかしながら、これはいっ時のもので開拓が落ち着くと外から来た者たちは誰であれ次の儲け話のために他所に移動する。村だけが大きくなり人口は先と変わらない姿に落ち着くのだ。移住を目的とする人は稀である。というのはこの村は領主が治める街から程遠い辺鄙な場所に位置する名もつけて貰えなかった村なのだから。
慌ただしくかりそめに盛り上がる村。
そして厄介なのが、争いの火種をそこらじゅうに撒き散らかす余所者たちだ。
凄みを利かせた眼で相手を見下ろすスレナ。
剣を突き出し
「揉め事はこの村では控えて貰おうか」
利き手をやられて膝から崩れ落ちた男たちが、スレナの同胞たちに取り押さえられた。
「一日に何件も盗っ人や犯罪者と出くわすなんて異常だよ。3歩目には次のゴロツキだよ」
「3歩は誇張しすぎじゃろ」
スレナは出来上がった調書の束を机に叩きつけた。
「領主様の景気対策じゃ。以前から決定はされてはいたんじゃろう。村に伝令が来るより早くにヒトがなだれ込んでくるのは、どこもかしこもじゃろ」
村長も頭を抱えているのだ。これ以上は文句を言えない。人が急激に増えた弊害には犯罪が紛れこむ。わかっていたことだが、事前の対策ができなかったのだ。
「わたしは冒険者なんだよ。外の世界で魔獣を討伐したり、ダンジョンに潜りたいただの冒険者なんだよ。村を巡回する自警団じゃないんだよ」
聖堂の床を剣の束でゴンと力をこめて突いた。
「今ヘイレンを呼びにやってますから」
年配の修道女が相手してられないと判断し立ち上がって聖堂から出て行った。
「このくだり、ヘイレンが来たらもう一回するの?」
一人残されたスレナがつぶやいた。
「ヘイレン。遅いよ。さっきの修道女、わたしを邪険に扱うんだ」
「わたし、屋根を修理してまして」
「修道院はたくましい人ばかりだよ」
「自給自足が基本ですから」
「修理は終わった?」
「ヨシローに任せました」
ヨシローの名を聞いてスレナの目が変わった。
「最近、彼変わった?なんか見た目変わんないんだけど、顔付きっていうか雰囲気っていうの?」
スレナが空中にヨシローを思い浮かべるように姿をなぞる。
あいかわらず、リオットたちに絡まれているみたいだが、上手くかわしたり逃げたりするようになったそうだ。以前と比べてケガも少ない。
「そうですね。でもここでは小さな孤児たちのお兄さんですし、わたしたちには修道院唯一の男手です。ヨシローはヨシローです」
ヘイレンにとっては出会ったのは3年ほどだが、年齢的には弟に当てはまる存在。ヨシローの小さな変化はヘイレンには気付かれているのかもしれない。
「ヨシローのことはヘイレンがここに来る前から知ってたけど、あいつが小さいときに事故があったんだ。そのせいで後ろめたくなって…それをヨシローも気づいて、あいつから距離をおくようになって」
スレナの心に今でも刺さっている棘が動きだした。
「ヨシローの顔のキズ跡ですね。もう何度もスレナは懺悔しに来たではないですか」
「ダメだ。今もわたしは事故だったと片付けてしまっている」
黒い修道女の衣装に全身を包みのぞかせる顔は色白く、見た目二十代前半のヘイレンはそっと日々の雑多な仕事でガサガサになった手をスレナの肩に置いた。
スレナも冒険者を生業にする現役では村一番の女戦士だ。動きやすい衣服の上から鉄のチェストプレート、籠手、レガース、そしてストレートに長い赤めの髪に花の意匠が施された髪飾りを今現在事態が事態なためフル装備で一日を過ごす羽目になっている。
「村長とかには不満や愚痴をこぼせるけど、ホントに言いたいことが言えるのはヘイレンだけだよ」
ヘイレンの手にそっと自分の手を重ねた。
「スレナは頑張ってますよ」
ヘイレンの優しさに触れてしまって
「嫁にくる?」
二人は冗談が言い合えるほど仲睦まじかった。




