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黄金の林檎 1

 コカトリスが慌ただしく羽ばたいた。

「デメテル様。夕暮れです。おやすみください」

楽しいお茶会に水を差すようにぐるぐると飛び回って注意喚起をした。


「あら、大変。リタさん、今日はこれでお開きということでおやすみくださいな」

「リタ嬢。釘を刺すようだが目隠しは寝る時も外さないよう心がけてくれ」


リタは足元のおぼつかないまま客室に案内された。コカトリスがリタの肩にとまり部屋に着くまでついて行った。

「朝になったら起こしてやる。ゆっくり休みな」


 部屋にひとり残されたリタは目隠しのリボンの結び目を確認して手探りでベッドに辿り着いた。


グラフもヴィオラもホーニーもほんの少しの間一緒に旅をした仲間だったのに大事にしてくれた。その思いに胸が締め付けられそうだった。

自分がどれほど浅はかで足手まといかを思い知ったのだ。涙が溢れ出そうだった。


外の世界が見たい。月夜を見ながら今の思いを馳せたい。好奇心に駆られる思いを閉じ込めるように意識を遮断し眠りについた。


 デメテルは独り部屋で読み物をしていた。窓の外には黄金の満月がひときわ大きく輝いていた。

心を落ち着かせるように自制を促していた。

「ダメよ。衝動ではなく心を律しなさい」

メデューサである彼女の髪は蛇と化し今にも暴れそうなくらいうねり、破壊の衝動に駆られそうになっていた。


リタは静かに寝息をたて、安らかに眠っていた。

スルスルと音を立てずに蛇がリタの寝顔を覗いている。蛇の二又に分かれた舌がリタに僅かに触れない距離でチロチロとしていた。何もせず蛇はひっそりと闇の中に引き篭もった。


「大丈夫。わたくしはもう大丈夫」

デメテルは何度も呟きながら夜がふける間念じていた。


部屋の扉が少し開きデュラハンが入って来た。

「デメテル。なんと素晴らしい黄金の精神の持ち主であることか」

「ダメよ。まだ破壊の衝動に駆られてしまうわ」

「いや、耐えたではないか」

デメテルは沈黙した。


 デメテルは誰も壊したくなかった。メデューサとしての衝動があらゆるものを石化し破壊し尽くしたいと思うのだった。独り静かに暮らすことを選んでも夜には破壊の衝動に駆られる自分と向き合ってきた。怪物としての性なのだ。


唯一石化の効かないコカトリスを連れてこの世界にありえない空間の歪みに移り住んだ。


デュラハンは首がないため美しいデメテルと通じることができる数少ない隣人だった。


デメテルは怪物の心に全てが奪われたとき、デュラハンに自分の首を落として欲しいと嘆願したのだった。

なぜなら、デメテルは元はメデューサではなかったのだから。


「リタさんに壊して貰いましょう」

デメテルは決心した。

「それは良い。あれはこの世にあってはならんものと思ってはいたのだ」


 コンコン。コカトリスがクチバシで扉をノックした。

「起きてるか。朝飯用意したんだ。食べれるか?」

「はい」

部屋の中からリタの返事が返ってきた。


もう一度ノックの音がするとデュラハンが入ってきて、またリタの手を引いて連れて行ってくれた。


「おはよう。さあ一緒に召し上がりましょう」

デメテルは待っていてくれていた。

「おはようございます。デメテル様」

朝食の部屋に行き着く前から小麦の焼けた芳しい香りと燻製の食欲をそそる匂いに胃袋が掴まれた。


「リタ嬢は素直だな」

二人は微笑ましくリタを見つめた。リタの尻尾が喜びを表現していたからだ。

リタは恥ずかしそうに尻尾を抱きしめた。


 朝食を終えると庭園を案内してもらった。目隠しをしているので花の形や色はわからなかったが匂いがときに甘く、角を曲がると爽やかで上品な香りに変わり、別の場所に案内されると優雅な香りが立ち込めていたりと楽しい時間を過ごさせてもらった。

デメテルの案内も楽しくそれぞれの花の特徴や花を開花させるまでに苦労したこと、失敗してしまったことを面白く興味深く説明してくれた。


デュラハンは紳士な騎士だった。小さな石段もデメテルに手を差し伸べ、ほんのぬかるみも自らのマントを敷いて、歩く邪魔にならないようエスコートしてくれた。

ときどき鼻唄を歌うがデメテルの会話にならないようにすぐに沈黙した。


「ティータイムにしましょうか」

デメテルの提案にのった。

「今日はなんの話しをしましょうか?わたくしの若い頃のお話しを聞いてくださるかしら」



 遥か彼方のとある国。王宮では王太子の結婚式が行われていた。優雅で煌びやかな宴に贅を尽くした催しの中、デメテルは幸せそうに式を挙げた二人を見ていた。デメテルも幸せだった。歓談中に意中の方からプロポーズを受けたのだ。次はわたくしもか。と心をときめかせながら宴を過ごしていた。


 ドン。爆発が起きたかのような勢いで扉が開いた。現れたのはコルディアという女性だった。争いと不和のコルディアと呼ばれる彼女は自分が式に招待されなかったことに大変立腹で式を壊す勢いで前に出てきた。

平静を装ってコルディアはお辞儀した。


「ご機嫌麗しゅうございます。わたくし式に呼ばれていませんのでこれで失礼しますが、お祝いの贈り物は置いていこうと思いまして」

コルディアは黄金の林檎を取り出して下に落とした。転がりゆく林檎には「KALLISTI」と刻まれていた。


 




 

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