魂の尊厳
ストーンガーデン。
美しい花に囲まれた庭園。その主たるメデューサの美貌の噂は影に潜むように広まり、ひと目見ようと下心を持つもの、その美しさから想像できない怪物だと聞いて討伐に繰り出すもの。ありとあらゆる噂と存在は尾ひれ背ひれをつけ知る者の好奇心を煽った。
だが、ストーンガーデンに辿り着いたものは全て帰ってこなかった。
噂は真実を捻じ曲げ、きっとあまりの美しさと居心地に帰ってこないのだとか、美しく聡明なメデューサの下で仕えているのだろうと。
実際は彼らはみな、石となって帰ってこないのだ。
庭園のあちこちに石となって朽ちた愛を語るもの、討ちに来た英雄と呼ばれたものが立っていた。
「リタ嬢、身体の調子はどうかな?スープの方がよかったか?せっかく焼き菓子を用意されたのだが、いかに?」
「あら、ごめんなさい。早くお話ししたくて忘れてたわ。コカトリス。胃に優しいスープを持ってきてちょうだい」
デメテルが鈴をリンと鳴らした。
飛んで来たコカトリスはリタの前にスープを用意した。
「ごめんなさいね。久々の客人だから、慌てちゃって」
「そんなところもチャーミングですよ」
デメテルとデュラハンの会話がまるで恋人同士のようだった。
「いえ、お気遣いありがとうございます。いただきます」
リタは言って、そっとテーブルの上を探りスプーンを手にした。
スープからは美味しい匂いがして食欲がそそられたが、熱いのか冷たいのかがわからず、最初の一口に躊躇した。
リタの手を優しく添うようにデメテルが隣に座った。
「お手伝いしますわ。熱くないですよ」
スープはデメテルが食べさせてくれた。
恥ずかしがりながら口だけを動かすリタを見て
「なんと微笑ましい」
デュラハンは鼻唄を歌いそうになったが、二人の邪魔をしないように沈黙を守った。
「リタ嬢は旅の道中かな?」
リタは口元までデメテルに拭いてもらって、すぐに返答できなかった。
「ブロッセルに行くつもりでした」
デメテルから解放されてやっと答えることができた。
「なんとまあ!」
「まだ幼なさも残るのに、健気な子だ」
二人が驚愕しているのが空気を伝わって理解できた。
リタはブロッセルがどのような町か知らない。
「いえ、わたしは傭兵見習いでその町に品物を届ける仕事の最中でした」
デュラハンがガシャっと手を叩いた。
「そういえば近くに燃えた荷馬車と、人の死体がいくつか転がっていたな。リタ嬢の仲間だったか」
リタは頷きながら、はいと返事した。
「デュラハンは死者の魂を黄泉に送る仕事をしているの。この世にしがみつかないようにって」
デメテルが入れてくれた紅茶を飲むが鎧の隙間からダダ漏れていた。
「魂は一律として尊厳のあるものだ。どんな人、動物、魔獣、亜人。どんな身分でも罪を背負おうとも、生をまっとうした魂は黄泉に送られ、そこで初めて審判を受ける。稀に死してもこの世にしがみつく魂がいる。その魂を強制的に黄泉に送るのが我が仕事」
「立派なお仕事なんですね」
「うむ。リタ嬢のお仲間はしがらみもなく、ちゃんと黄泉へ旅立ったぞ」
デュラハンは機嫌を良くして鼻唄を歌い始めた。
リタは不思議に思ったことがあった。
「あの、熊の魔獣はいませんでした?」
「いや、あれはウルスフェロスだったか。生きてるぞ」
突き立てたナイフには毒が付着してたはず。致死量には満たなかったのだろうか。今となっては仕方ないのだろうか。
「お世話になった傭兵の方たちには、命を繋いでくれた恩があります」
「…そうか。立派な魂の持ち主だったんだな」
「わたしは、なんの希望もない旅をしています。ある人を探して里を出ました。あの剣をくれた方です。生き方を知らないわたしにその人は生きる選択肢を示してくれました。あの人とは生きる世界が違います。ですが頭からあの人のことが離れません。この旅で傭兵の皆さんには生きる覚悟を教わりました。そしてわたしひとりが生かされました。わたしも彼らの魂に敬意を払います。それを乗り越えてわたしはあの人に会いたい」
リタは神妙な面持ちで語った。
「その御仁はブロッセルにいるのか?」
「いいえ。どこへ向かったかわかりません。成り行きでブロッセルに行く予定でした。傭兵団が壊滅した今、ブロッセルに行く理由はありません。ですが、そこしか行き先を知らないのが事実です」
「それは難儀だな」
デュラハンとリタは首をかしげて、この先の目標を悩ませた。デュラハンは首がないので身体を傾けた。
「まあまあ。あの人って殿方なの?わたくし、大好きですの。コ、イ、バ、ナ」
「デメテル様は人間の間で流行ってる読み物を漁るくらいこの手の話しは好きだぜ」
コカトリスが新しいお茶のおかわりを持ってきた。
「あれですね。イチャコラパラダイムという書物」
デュラハンが思い出したように発言した。
「ええ。あれを読んだあとに、キュンキュンしながら枕を抱いて寝るの。至高の文学ですわ」
「えっと、あの。わたし、恋なんですか?」
「恋に気づかない恋心。わたくし恋とは断言できませんわ。貴女自身で恋と気付きなさい」
決め台詞を言ったみたいにデメテルは盛り上がった。




