ストーンガーデン
グラフはもう戦えない。ウルスフェロスに嬲られ虫の息だ。それでも時間は稼いでくれた。
リタは力を振り絞って、ウルスフェロスに襲いかかった。グラフは自分を盾にウルスフェロスの攻撃をまともに受け止めた。
「回天!」
リタの特攻がウルスフェロスの巨躯に届いた。ナイフはしっかりと刺さった。
ウルスフェロスは怒りに任せてリタを吹き飛ばした。
「生きろ!」
グラフの最後の叫びがリタに届いた。
リタの身体は遠くの森まで飛んで行った。
たくさんの枝に身体を打ちつけ落下し、泥濘に落ちた。這い上がったところでリタは気を失った。
辺りは怪しく濃い霧がかかり不気味な雰囲気を醸し出していた。
「ふんふん、ふーん」
どこからともなく鼻唄が響き渡った。
「バンシー。見てくれよこれ」
ブルルルルッ。いななく馬の首を優しく撫でて歩みを止めた。
バンシーは蹄で軽く揺さぶり生死の確認をした。
「残念。生きてるな。捨て置くか?」
鎧が軋む音をたてながらバンシーから降りた首のない黒騎士は、膝をつきリタの表情を確認した。
「バンシー。この子可愛いな。乗せてもいいか?」
バンシーは首を振った。
「硬いこと言うなよ。きっとマダムデメテルも喜ぶと思うんだよ」
首なし騎士は嫌がるバンシーの背にリタを乗せ、この地をあとにした。
「ふふふーん、ふんふんふーん」
機嫌のいい鼻唄が響き渡った。
首なし騎士とリタを乗せたバンシーは秘密の庭園ともいうべき屋敷に辿り着いた。
青い鳥が羽ばたいてきて会釈で挨拶をすました。
「やあ、コカトリス。マダムデメテルは元気かい?」
バンシーから降りた首なし騎士はリタを抱えあげ目元を手で覆った。
「おいおい。生きてるじゃないか。食うのか?オレの分もあるのか?」
コカトリスは興味津々に言った。
青い羽をばたつかせ珍しそうにリタの周りを飛び回った。
「あらあらあら、デュラハンじゃない?お久しぶり」
庭園の奥から現れたのは美しいメデューサだった。
「こんにちは。マダム。本当にいつお会いしてもお美しい」
首なし騎士デュラハンは膝まづきマダムデメテルの手にキスするマネをした。
「嫌だわ、デメテルと呼んで。そのお嬢さんは?」
メデューサの髪が蛇に変わりそのピット器官で生きているのを確認した。
「ここに来る途中、死者の魂をいくつか黄泉送りにしていたところ、生きた魂を持つこの子を拾いましてね。話しのネタになるかと」
「あら、素敵。コカトリス、この子のために部屋を用意して差し上げて。温かい胃に優しい食事も準備しといてちょうだい」
久しぶりの来客に心を躍らせながらデメテルは庭園の手入れを途中で辞めて支度に取り掛かった。
リタは目を覚ました。清潔で高価な調度品に囲まれた部屋で柔らかい羽毛のベッドの中にいた。
「目覚めたのかよ。そのまま死んでくれてもよかったんだぜ。ちょっと待ってな」
リタに対して後ろを向いたままのコカトリスがどこかへ羽ばたいて行った。
しばらくリタはここがどこか考えていた。手当てをされ服も綺麗なものを着させられていた。
扉がノックされ全身黒の鎧を纏った騎士が入ってきた。リタの前に座ると首がなかった。
「こんにちは、お嬢さん。お名前は?」
デュラハンは尋ねた。
「リタです」
恐ろしいと思ったが、優しい感じもした。シーツを抱き寄せどうしたらいいか反応に困った。
「身体はどこか痛むかい?記憶はあるかな?リタは何故生きてるのかな?」
たくさんの質問に答える間もなく、
「大変だ。しばらくここで療養するといい。そうしよう」
半ば強引に話しは進められた。
部屋の中は花の香りがして心が落ち着いた。
「ここでのルールを厳守してもらう」
デュラハンが真剣な口調で言ってリタにリボンを渡した。一本の長い綺麗な模様の入ったリボンを受け取った。
「それで目隠しをしなさい。決してこの先に起こる全てを見てはいけません。取り返しのつかないことになります。しっかりと光も遮断するほどに固く結んでください。好奇心に負けてはなりません。何も見ない。ルールはそれだけです」
リタは言われた通り目隠しをした。リボンからも甘い香りがした。
「あら、お目覚めなのね。さっ、お茶にしましょう。デュラハン、エスコートお願いしていただける?」
「もちろん。リタ嬢、手を出していただけるかな」
差し伸べたリタの手に指先まで鉄の感触のデュラハンの手が触れた。
甘く濃厚だが上品で気品のある香りに包まれてゆっくりと誘われるままに前に歩いた。
デュラハンは椅子までひいてリタをエスコートした。
「ようこそ。見て頂くことができなくて残念ですわ。自慢の庭園なんです。今お茶を淹れますわね」
「なんて表現したらいいかわかりませんが、すごくフルーティーな香りがします」
「あら、嬉しいわ。丹念に育てた甲斐がありますわ。他の方からはストーンガーデンなんて揶揄されますの」
「デメテルの庭園はこの世のものとは思えないほどの美しい花々に包まれた、とても綺麗な庭園なんですよ」
リタは二人の言葉をイメージしてその花を土を賞賛した。
「まあ、お上手」
「よい想像力をしている。土まで褒めるなぞ目のつけどころがやはり違うな。目隠し、ズレてないだろうな?」
コカトリスがお茶菓子を持ってきた。
「ささっ。ティータイムをはじめましょ」
デメテルが手を叩いてお茶会が始まった。




