エピタフ
ユリシーズは項垂れるように下を向いていた。
「儂の、唯一の願い…」
ヨシローもサクランもいつのまにか戦意を失っていた。いや、狼男との戦いの後で既に気力すらなかった。
ハリマンの遺体も気にかかるし、ルイカの容体も放っておけない。
ルイカは答えた。
「フェイタルレンジという歌は持ち合わせてませんが、何か違う歌で宜しければ歌うことはできますが、先程喉を酷使してしまいまして。ちゃんと歌えるかは自信がありません。それでよろしいですか?」
何度か咽せながら言った。
「ルイカさんの回復を待つという手もあります」
ヨシローも提案した。
ユリシーズは大粒の涙を落としながら
「よろしくお願いします」
「エピタフ」
ルイカの声は透き通った不純物のない氷のように、聴くもの皆の曇った心を透かした。心の浄化。歌声は優しく魂をなぞり磨き上げ無垢を取り戻す。これまで生きてきた罪をその心に刻み生きた証を讃えた。
「心が、光ってる」
目に見えてる訳ではないのに、そう表現してしまった。ヨシローは泣いていた。
歌い終わるとユリシーズはいなかった。
「成仏、したのですかねえ」
サクランが空を仰ぎながら言う。サクランが言うとシュールだなぁとルイカは思った。ヨシローはこっそり頷いた。
「ヨシローさん」
サクランがヨシローの背中に話しかけた。
鎮座したヨシローの前にはハリマンの遺体を乗せた小舟が一艘。ハリマンは胸の前で手を組み安らかに目を閉じている。
水葬の準備はできた。今は別れを惜しんでいる。
ヨシローたちは船倉に眠っていた財宝の一部を供えた。
「私、不思議に思ってたんです。この幽霊船は高い魔力を持たないと見えることも触れることもできません。なのに高い魔力とは無縁のハリマンさんは、ご存知の通り大活躍をされてました」
「そうだね」
ヨシローがハリマンの活躍に賞賛の意味を込めて頷いた。
「この盗賊のナイフ。見てください。ものすごい魔力を有してます。どこで手に入れたかはわかりませんが、この世界では伝説級に値する価値があるんじゃないですか?」
サクランはヨシローに盗賊のナイフを手渡した。見事な宝飾の柄に手入れのされた刃の色艶を認めた。
「それがなくてもハリマンさんの存在は欠かせないよね。わたしすごい勇気づけられたもの」
ルイカが泣いてしまった。
「この世に二つとないでしょう、逸品ですが」
サクランが皆んなの思いを汲んでくれた。
「ハリマン」
ヨシロー、サクランとルイカの声が同時にハリマンの名を呼んだ。
「…さんと一緒にしましょう」
盗賊のナイフはハリマンに持たせた。
ハリマンを乗せた小舟はゆっくりと幽霊船を降りて波任せにゆっくりと離れていった。
小さくなっていく小舟に各々がハリマンに思いを馳せさよならを告げた。
そして小舟はハリマンを乗せて静かに沈んだ。
何日かは穏やかに過ごしていた。トンカチが復活してルカウトと戯れていた。
「リゲイア」
ルイカが分身の人差し指を呼んだ。
ヨシローが何度名付けても、嫌な素振りをしていたのにいつの間にか名前がついていた。
「ルイカさんが名付けたのですか?」
「そうよ、「明るい声」という女の子の名前よ」
なぞが解けた。ヨシローがつけた名は無機質な名前ばかりで可愛らしさの片鱗もなかった。
ヨシローは手をついてリゲイアに謝った。
普段はルイカに水魔法の精度を見てもらったりして、勉強させてもらった。
サクランと釣りをしたり、向こう側からは認識されてないだろう船とすれ違ったりしながら航海は続いた。
「順調ですね。航路は予想通り砂漠に向かってます」
「そう。わたし陸の上だとヨワヨワなのよね」
「ルイカさんのために水は充分用意してます。もちろん海水ですよ」
サクランは樽をたくさん準備していた。
「ルイカさんは仲間のもとには帰らないのですか?」
ヨシローはてっきりルイカともお別れの時がくるのだと思っていた。
「すいません。ヨシローさんのいないとこで勝手に話しを進めてしまいました。ルイカさんが安全に仲間のもとに帰れる場所までは一緒に航海することになったんです」
「わたしもこんな冒険は楽しくて好きよ。だからもう少しだけ一緒にいさせてほしいなって」
「そういうことでしたか」
「すごいですね。砂漠も海のように走るんですね。陸に上がる衝撃は覚悟してたのですが」
「なんの違和感もなかったねえ」
二人の会話にサクランは顎骨を振るわせて笑った。
幽霊船は夜の砂漠をゆっくりと航海した。
さざなみの音は砂に変わるもさざなみの音がした。
「ハリマン…」
ルイカは独りで星を眺めながら少し泣いた。
「寒くないですか?」
ヨシローが肩にかけるものを手渡した。
「ありがとう。砂漠の夜は異常ね。初めて経験したわ。すぐ寝るから、もう少し」
ルイカは「エピタフ」をくちずさんだ。
サクランも陰で静かに聴いていた。
砂漠の日中は夜と違い気温が暑くうなだれるようだった。
「この砂漠、異常じゃない?なんで津波が起こるのよ」
幽霊船は巻き上がる砂の津波の中をサーフボートのようにチューブライディングしボトムターンで加速した。
「私、幽霊船から出れないですが、砂漠の上を走るこの時だけは楽しいんです」
サクランだけは砂漠の暑さは関係ないようで、本当に楽しそうだ。
波が崩れるタイミングで波の上を滑り、かわしながら波の低い位置へ下りる幽霊船は無事穏やかな波の上へと戻った。
「いい波でしたね」
サクランだけが満足していた。二人は船酔い寸前だった。




