人魚のうた
ヨシローは動じない。サクランが膝をついてしまったが、果敢に攻める。
「お前はそうだったな。ではこれだ」
狼男がテラーハウリングを止めた。
「ランダムリゼント」
狼男の口から異様な空気が漏れて出た。ドライアイスのように煙は地べたを這うように広がった。
「あ」
ヨシローが力が抜けたように膝が崩れ落ちた。
「無差別な怨嗟だ。精神から崩れ落ちろ」
狼男がのっそりとヨシローに一歩近づいた。
「ヨシローさん?」
サクランはようやく立ち上がった。トンカチはまだ動けない。
扉が開いた。一呼吸の間があった。その場にいた誰もが注目した。
最初に動いたのはヨシローだ。状態異常攻撃には強いが常に耐性があるというわけではないらしい。稀に効いてしまう。
「回復は早いな」
狼男はヨシローへの警戒も怠らなかった。
「ゲイル・ボルテクス」
渦巻く強風と共に水流の攻撃が狼男を襲った。
狼男は溺れたようにふらついた。
「にぃィィィくぅゥゥゥゥゥゥ!」
狼男が歓喜の叫びをあげた。
ヨシローは走った。一瞬を逃さなかった。狼男の左腕を一本、斬り捨てた。
「水斬」
間髪入れずもう一本、左腕を断ち斬った。
「全員で勝つぞー!」
ハリマンが叫んだ。
しかし、狼男の目にはルイカしか見えなかった。
「あなたたちは」
サクランが危険だからと置いてきた二人を見て驚愕した。しかし反面このままでは勝てない思いもあった。だから嬉しくもあった。
ヨシローは、自分が唯一斬り込める存在だと自負していた。状況の変化に立ち止まらず、懐に潜り込む。そして斬る。それだけを淡々と繰り返す。
狼男は、斬られた腕を見つめたまま笑った。
「全員逃がさねえぞ!」
咆哮が全員を震え上がらせた。
「ヘイトロア!」
耳をつん裂く嫌な奇声がヨシローたちを襲った。
身体が鉛のように重い。立ってられない。重力を何倍にも感じる。
幽霊船が軋みだし、湾曲に歪められていく。
ルイカが静かに歌い出した。
「クリアオデッセイ」
ヨシローたちの身体が軽くなった。
「バフ?」
サクランが立ち上がり力が漲るのを感じた。
狂気の咆哮を相殺し味方を勇気づける歌は優しく力強く支えとなった。
ハリマンは回り込んでトンカチを保護した。
「トンカチ、割れてるじゃねえか。治せるのかよ」
サクランは放っといていい、トンカチは自分の分身なのだと言った。
「でも家族みたいなもんだろ。八百年ホネの兄貴のそばで支えてきた大事な存在なんだろ」
ああ。貴方はそういうヒトでしたね。仲間を見捨てない優しい義賊でした。サクランはハリマンの心意気に触れてしまった。
サクランは次にヨシローとルイカに心を向けた。
(ヨシローさん)
なんて勇敢な方なんでしょう。あの怪物の首に一番近くまで迫る勇気と強さ。私が動きを封じられると必ず怪物と私の動線に入り込んでくれる。一番傷を負っているのに、一番傷を与えている。
(ルイカさん)
怖かったでしょう。こんな狂人に目をつけられて。ですが貴女の幻覚魔法は完璧にここにいる誰にも効いてました。そして今、貴女の歌が我々を勝利へと導いてくれています。
「トンカチをいったん私に戻します。大丈夫、元に戻せます」
サクランはそう言ってハリマンからトンカチを受け取った。
(私もいいとこ見せなければ。頑張りますよ!)
狼男がルイカの歌に邪魔されて咆哮が無効化されている。
「ならこれは?ウィンドダート」
狼男が高速詠唱で風魔法を発動させた。風の刃が吹き荒れるも
「ミリオン・バッシュ!」
サクランが視界全面を覆うほどの大量の骨の槍を放った。風魔法に対抗して押し勝ったサクランの攻撃は狼男をも襲った。
狼男も後ろへ退避しながら軽く捌いた。
(私とあの怪物では相性が悪いのか)
サクランが自分の攻撃が通用してないのを見届けた。
「メイルシュトローム」
狼男の着地点を中心に渦が広がった。渦は次第に暴力的に狼男を渦に引き摺り込み生命を奪おうとした。
ルイカの最大威力の魔法が狼男の動きを止めた。
「ふん、終わったなんて思ってるのか」
狼男はテラーハウリングでルイカの魔力を封じ込もうとしたが効果がでない。
「人魚の歌は魂を魅了します。その声はどこまでも勇気を湧かし、あるいは悪意を萎縮させます。あなたにはどっちが聴こえていますか?」
ルイカの歌によりいっそう心がこもった。まるでフルオーケストラの中にいるようだ。
この場にいる全員が高揚する感情に魅入った。
「オレの悪意が萎縮するだと?オレは悪の仕業でこんなことをやってるわけじゃあない。神の所業だ!」
狼男は唸り声をあげた。
ルイカが咳き込んだ。やはり無理をしてきたのだ。まだ魔力も体力も全快してない。全員が血の気の引いた思いをした。ルイカが手をついた。少し吐血も見受けた。
ヨシローとサクランが狼男に飛びかかる。
「いかせない!」
ヨシローが叫んだ。
「やってみろ!」
狼男が迎撃するつもりだ。
「やりますとも!」
サクランがジャベリンで狙い撃ちした。容易くいなされたが、足止め程度でよかった。自身も近接攻撃をするための布石だったからだ。
「残念だな。オレの死角となった左から攻めればよかったものを。二人揃って頭が回らなかったか?」
狼男が二本の右腕でしっかりと二人の攻撃を防いだ。
刃が通らない。渾身の刺突は狼男の腕を貫通したが、肉の繊維に絡め取られ動かすことができなくなった。
狼男は声を出さずに笑っていた。




