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セイレーン

 暗闇の中に飛び込んだ。

「パッション・ボルテクス!」

激しい渦が左右から襲いかかってきた。


「水魔法?」

ヨシローが咄嗟に魔法盾「みかがみ」を繰り出して防いだ。

相殺された。魔力は水飛沫となり飛散した。


第二波はない。人魂が部屋をゆったり揺れながら淡く炎を揺らしていた。


「もーダメー」

声の主は女性だった。あーん。と泣き声に変わったので三人は警戒を解いた。

「灯りを灯しますよ」

忠告を促したサクランが部屋の端にあるハンドルを回して天井の燭台がいくつもついたシャンデリア風の照明器具を下ろしロウソクに火を灯した。再びハンドルを回して天井の高いところまで上げた。

その間も泣き声は止まなかった。


部屋が明るく照らされた。

「落ち着いてください。貴女を襲うつもりはありません」

サクランが女性に近寄り、オロオロとしつつもなだめようとした。

「ホネの兄貴がすると、どうしてもホラーな絵面になるんだよ」

ハリマンがサクランが必死に手を貸そうとするのをなだめた。


「俺も盗賊のはしくれだから人相には自信がない。兄貴。こんなかで顔にキズはあっても優男顔だから出番です。よろしく頼むっス」

ヨシローも顔には自信がない。遠慮しがちに女性に近寄り思いつく限りのなだめ言葉を絞り出した。


 三人は泣き止むまで辛抱強く待った。

「このヒト。超絶美人だぜ」

泣き止んだ女性は水を張った樽の中に身を沈め顔と手だけを出していた。


「人魚さん。ですね」

サクランが言った。美しいブロンドのウェーブのかかった髪と耳の先がヒレになっていた。樽からはみ出すように人魚の二又の鰭を時折現して、その姿を確認した。

「セイレーンのルイカといいます」

嗚咽をしながらか細い声で名乗ってくれた。


「我々は貴女を狙う者ではありません。眼鏡をかけた初老の男に心当たりはないですか?」

サクランが質問した。

ルイカは黙って考えていたが

「…ないわ」

三人とも顔を見合わせた。


「わたしを執拗に追いかけていたのはかなり大きな体躯の狼男です。眼鏡もかけてません」

ヨシローは行雲流水を広げ周囲を確認した。

初老の男と狼男は別人だろうか。反応を確かめて安全を確保したかったが、広域に細かく探るには辛かった。


「安全な場所に移りましょう」

三人で樽ごと担いで甲板まで戻った。


「えーん。空の下だよー。もうダメかと思ったー」

ルイカが泣き叫ぶ。

回廊への入り口をトンカチとルカウトが見張った。

ヨシローは行雲流水を頑張って展開したため気分が悪くなってダウンしていた。分身の人差し指が看病にあたっていた。


「どういう経緯か後で説明できますか?」

ルイカの前に温かいスープを出して落ち着かせることにした。


 自己紹介を済まし、三人の幽霊船での馴れ初めを語り船倉の財宝が目当てであることを説明した。


「いきなり狼男が人魚を食えば不老不死になるとか言って襲いかかってきたの。わたしは必死に逃げたけどあの怪物は海の中でも魚のように泳いで追いかけて来たから、訳も分からずこの船に身を潜めてやり過ごそうとしたけどそれでも追いかけきて」

ルイカはまたえんえんと泣き出した。


「人魚の肉って不老不死の効果があるんですか?」

サクランの問いにヨシローもハリマンも首を振った。

「ないです!」

ルイカが叫んだ。


「幻覚魔法は貴女ですね」

「そうよ。幻覚や幻惑はセイレーンが得意とする魔法よ。ずっと気を張り詰めて姿をくらましたから、もう魔力切れ寸前で死ぬかと思ったわ」


「俺たちが発見できてよかった。安心して静養してくれよ。見張りは俺たちがするからさ」

「ありがとうございます。でも幻覚は解除できないわ。あいつは今も船底をうろついてるんだから」


「食事が摂れそうだったら言ってください。用意します」

ヨシローが消化に優しそうなものを選んで鍋を用意した。

ルイカは泣きながら食べると返事した。


ビスケットのようなパンをスープに浸し柔らかく煮たものをだした。

ルイカは泣いて食べて泣いて食べた。

「ゆっくり食べてください。おかわりもしてくださいね」


 神妙な面持ちでサクランが語りだした。

「狼男は脅威ですね。ルイカさんのためにもなんとかしたいです」

「初老の男と狼男の関係をどう考えるべきか」

ヨシローは同一人物ではないかと唱えた。

「満月の夜に狼に変身する怪物か」

ハリマンが狼男伝説を引き合いに出した。

「あれは人間が作ったお伽話だよ」

ヨシローが言ったが、まんざらでもない説だった。


「まったく別人だったら面倒ですね」

サクランは仮設は建てておく必要はあると言った。

「初老の男の言う探しものがルイカさんのことでないことを祈るばかりですね」

「どっちにしろ、両方ともとっちめてしまおうぜ」


 幽霊船、船底の一室。

スーッと鼻を効かせ匂いを嗅いだ。暗闇の中でワインを一本開け飲み干した。

「上等だ。向こうから来るか。人魚の血肉」

狼の遠吠えが響き渡った。


瓦礫の山で狼男は腰を下ろし、待ち構えることにした。この幻覚のため身動きできないでいたため船内を彷徨うことを諦めていた。だが何か幻覚の精度が弱まったのを感じとると静かに待つということを選択した。




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