幽霊船 1
朝、目が覚めて紅竜の真眼を眺めた。
フィムは現れなかった。残りの二種の情報をもらわないと次の目的地が定まらないからだ。
ケルンの欠片と一緒にカバンに大事にしまうとヨシローは宿を出た。
小さな港町ダッチポート。
周りを山に囲まれて海に面した平地にこの町は発展した。山側は坂道が多く、坂を上がって海が見えるところで潮の香りがして情緒を感じさせる。石造りの家が所狭しと立ち並び密集していた。
ヨシローは海に向かい歩いた。どこも狭い路地のような道ばかりで元の地形に逆らわないように造ったカーブの多い道だった。
「すみません。昨日この町に着いたばかりなんですが、武器屋へはどの道を行けばいいですか?」
町の住人がジロジロ見てくるので聞いてみた。
住人は鍛冶屋が山の方にあると指をさした。
「ちょっとアンタ」
ヨシローを後ろからいかにもという感じのオカミさんが声をかけた。
「最近ゴミを漁る事件がいくつかあるんだけど、アンタ無宿じゃないだろうね」
ヨシローは滞在した日と宿の名前を教えて、身の潔白を説明した。
オカミさんはヨシローの貧相な見た目に
「アンタ冒険初心者?弱そうだねぇ」
ケラケラと笑い、港に向かって指を差し
「港の店をいくつか紹介してやるよ。そんな町人みたいな格好で旅なんかでたら死んじゃうよ」
ヨシローは紹介された仕立て屋でチュニックとブーツを新調した。鍛冶屋はあまり気に入ったものがなかったので、最初に紹介された山の方の店でバゼラードという剣を購入した。折れてしまったハンガーと丁度同じ長さで扱いやすく両刃で斬撃に期待が持てた。
真っ直ぐな刀身を鞘に納め店をあとにした。
夜は飯屋で一番期待していた魚料理に舌鼓を打った。
魚の煮込んだものだが香辛料とビネガーが効いて美味かった。
「イカってこれですか?本来どういう姿をしてるのだろう」
イカを炒めたものを出した給仕の女性が
「海の悪魔よ。足が十本もあって船乗りを海に引き摺り込むの」
と笑った。ヨシローはフォークを落として絶句した。
少し前に腕一本の怪物と死闘を繰り広げたばかりだったのを思い出した。足十本の悪魔なんて絶対無理だ。フィムが倒せと言ったら断ろう。
食事を楽しんだ後、路銀は残りわずかとなっていた。しばらくここで漁を手伝うのも悪くないと思った。宿に帰る前に海に寄ろうと足の向きを変えた。
初めて見る海だ。夜の海は危ないと言われたが少し見てみよう。独特な潮の香りと風が好奇心を昂らせた。
中つ海。オルテラス大陸に囲まれた海で、繋がっている外海ははるか遠い。
内陸に沿って大回りに向こう岸に行くよりも航路が断然早いが、時化が多く遠路をはしる船が少ないそうだ。
さざなみが聞こえる。リズムよく波が岸壁に打ち寄せる音が心地良い。
しばらく夜の海を眺めることにした。座ってボーっとしてるだけでなんだか心が静まり返る。
横一直線に真っ直ぐ平らな水平線。その境界線の上を星空が始まっている。不思議な感覚だ。今まで星空は見上げていたものだから。
トテトテ。袋を担いだ魔獣が路地からやって来た。先日見かけた子犬ほどの魔獣が二匹。ヨシローの近くを通り越してタラップを登り船に乗り込んだ。
(船?)
ヨシローはすぐさま行雲流水を展開した。反応はなかった。目の前に大きな帆船が停泊していた。
いや、今まで海を眺めていたのだ。それを遮るほどの巨大な帆船が静かに停泊していた。
甲板から人影が現れた。
「こんばんは」
声がした。暗くて顔が見えない。ヨシローが見上げていると、また魔獣がトテトテと足音を立てながら甲板の人影の元に走って行った。
ヨシローは好奇心からタラップを上がって人影のいるところへ出向いた。
「こんばんは」
「おや、貴方には見えるんですね」
人影が喜ぶように拍手した。
ヨシローは人影と向き合って頷いた。
「ようこそ。これは幽霊船。私はサクラン。もう八百年もの間ここに住んでます」
外套で身を包んだ白骨の男(声からして男性と思われる)が丁寧に挨拶した。
「この港にはよく立ち寄るみたいなんですよ。そのついでに食糧を調達するために、私の分身を町に送りだしてるんです」
サクランの足元に白い魔獣がピコピコと手を振った。
「あっ、私内臓は無いですがちゃんと生きるために食事を摂るんですよ」
と言って、白い魔獣の担いできた袋から骨を取り出した。
昼間、町中で言っていたゴミ漁りはこのことだろう。
ゴミの中から料理に使って出てきた骨を見つけていたなのだ。
「幽霊船というのは?」
「ええ、私この船の船長でもクルーでもありません。この船は中つ海をずっと彷徨ってるんです」
サクランはスッと上を指差し
「見てください。帆はボロボロ。操舵室の舵は効きません。船底に案内してもいいですが大きな穴があります。誰もいないのです」
「ずっと彷徨ってるんですか」
「魔獣なんかがたまに襲ってきますが、ビクともしません。簡単に誰の目にも見える存在ではないようです。なので永遠と彷徨い続けています」
サクランは続けて
「貴方はずいぶん高い魔力をお持ちのようですね。誰かと喋るなんて何百年ぶりです。ワクワクします」
サクランは漁ってきた骨をスーッと飲み込んだ。
足元の魔獣もクルクル駆け回り喜んでいた。




