蝗害
異様な空だった。戦神様の不思議な力で確かに地上に出ることができた。だがこの光景を目の当たりにして現実を疑うようだった。
イナゴの大量発生。乾燥と降雨が繰り返される地域に発生しやすい。蝗害は大発生し密集すると集団行動し農作物を根こそぎ食い荒らす。社会的ダメージは多大なものとなる。
ヨシローの前に周辺の草花を喰い散らかすイナゴの群れがおびただしいほど発生していた。しかし、よく観察すると木の幹にとまるものも岩に張り付くものもイナゴは齧り付いていた。
有機物だろうが無機物だろうがお構いなしに異常な食欲を持って無に返そうとしていた。
ひと息ついてる場合じゃない。ヨシローは走った。
女神像をこの蝗害から守る約束のため全力で走った。
これだけ大量発生したならば間に合うかどうかわからない。一心不乱に走った。
女神像の元にカバンを置くとヨシローはイナゴを払い祠の中だけはイナゴを駆除した。
この祠は屋根と石壁はあるが窓も扉もないため塞ぐものを立て掛けても、石を齧るイナゴには効果はないだろうと適当な木材を立て掛けるだけで補強は仕方なく諦めた。祠の外に数カ所火を起こし撃退に急いだ。
「痛っ!」
時折り石つぶてのようにイナゴが衝突してくる。中にはヨシローを噛むイナゴも出てきた。
イナゴの大群は段々と増してきて何かに向かって一方向に全力で蹂躙を繰り返し移動する。
イナゴの大群は祠の正面扉の方からやって来る。その方向がわかっただけでも対策はできるだろう。できるのだろうか。
祠の石壁を雹がぶつかるようなけたたましい豪雨のような衝撃音を鳴らし、この祠をも破壊しそうになる。
隙間から迷い込んで入ってくるイナゴを駆除しつつ、女神像にイナゴがとりついてないか気にかけた。
祠の外で焚いた火がイナゴ除けにいい仕事をしているようだ。
しかしそれでも弾丸のように横殴りに降り注ぐイナゴの行進は止まない。
いつこの蝗害が中に迫って来てもおかしくない状況で、緊張と焦りが言葉をなくしてしまう。
呼吸が落ち着かない、心拍数が上がりっぱなしでヨシローを不安にさせる。
扉に立て掛けた幾重もの木材に限界がきた。突破されそうだ。ヨシローの精神的な部分も限界だった。
ついに、扉が突破された。
「水撃」
ヨシローを襲う立て掛けた木材の破片とイナゴの大群を水の魔法で押し返した。
「みかがみ」
ヨシローの新しい水属性の魔法盾だ。
前面広範囲に展開した盾はイナゴの大群を完全に防御した。
精霊王ウンディーネから授かった能力だ。かなりの魔力を消費する。長い時間は使えないが、今は無理してでも盾は解除できない。根比べが始まった。
イナゴの大群は勢いを衰えさせず次第に一匹が拳大ほどの大きさのが迫ってきた。石壁に激突する音が金属の塊がぶつかった音に聞こえてきた。
「これ以上は…」
ヨシローも手を緩めるわけにはいかない。さらに魔法出力をあげなければならないがすでに全開だ。ヨシローの踏ん張りもままならない。鼻からツーと血が垂れてきた。
ヨシローは両の手で「みかがみ」を堅持し耐えていた。
一瞬気を失ったわけでも、気を逸らしたわけでもない。左薬指と小指がポトリと落ちた。
鉄の刃ようなイナゴがヨシローを切り刻んで過ぎて行った。突破されてしまった。
大量のデカいイナゴが押し寄せてきた。
片手で魔法盾を維持し、剣を構えた。
探知魔法である行雲流水は風属性魔法である。周囲に気流の流れを作り、自身と女神像を避けるように流す。
蝗害は風上から風下に流れやすいため効果があるか気休め程度で期待できないが、一応の流れを作った。ヨシローは目前に迫り来るイナゴを駆除することに専念すればいい。
もちろん鉄の塊のように飛んでくるイナゴを剣では斬れない。逆に剣が折れてしまう。剣にも行雲流水を纏い受け流すようにイナゴの大群を捌く。
こんな幾つもの作業を同時にこなすのは無理に等しい。無理はわかっていた。
イナゴの大群はヨシロの耳を削ぎ、足を貫通し、まともに立っていられないほどヨシローを傷つけ通り過ぎた。
もう祠の石壁はない。イナゴが喰い破って、破壊の限りを尽くして行進を続けている。
それでもヨシローは血を流しながら、身を削りながら戦っていた。
どれくらい経っただろうか。力が入らない。呼吸が苦しい。片目が開かない。ああ、そうだ潰されたんだ。もう片方の目はどこを見てる。空だろうか。
起き上がることすらできない。足に力が入らない。いや無いんだ。肩から先も腕がない。剣も折れた。あんなところまで剣が飛んでいった。千切れた腕が必死に剣を握っている。きっと内臓がまろび出てることだろう。あとはどこを失ったんだ。蝗害は過ぎ去ったのだろうか。なんで生きてるんだ。
ヨシローは天を仰いだ。霞んだ視界の端に女神像が静かにヨシローに優しい眼差しを送っているようにみえた。
(約束。守れましたか?)
パチ、パチ、パチ。
拍手だろうか。力強く慈愛に満ちた賞賛のこもった音がした。
「見事だ」




