栄枯盛衰
古い祠はかなり荒んでいた。元は石造りの立派な建物だったのだろう。扉も窓も外され蔦がびっしり絡んでいた。
その中に女神像が鎮座されていたが、新しい女神像とは似ていなかった。
生き物に例えるなら人型にベールを被った蜘蛛の顔だろうか。五つの目が不自然についていた。
しかし、古く手入れもされていなかったのでところどころ欠けているからそう見えるのかもしれない。
とりあえず、邪神様のときと同じように酒瓶を供えて目を閉じた。
沈黙が続いた。邪神様と同じように女神様も現れるかと思ったがそうはならなかった。
妹は悲しんでいる。邪神様の言葉を思いだした。
帰りの道中、新しい女神の祠に立ち寄った。
「あっちの女神像。ボロくてなかなか気持ち悪かったでしょ?」
シスターから声をかけてくれた。
「あんた見たときに、思い出したんだけど」
中に入って話しを聞くことにした。
「帯剣てことは冒険者でしょ。今さ、教会でダンジョン攻略の募集してるの。腕に自信あるなら行ってみたら?ちょっと行き詰まってるみたいなんだって」
詳しくは知らないそうだが、教会の建設と並行してダンジョン攻略にも力を入れているそうだ。
ダンジョンには隣国からの騎士団が招聘され攻略を任されているが、攻略は難航し帰ってくる者もいない。
クナト市内。材木を運ぶ馬車に乗せてもらい完成間近の教会に向かった。
「完成はいつ頃ですか?」
一緒に便乗していた大工たちは顔を見合わせて
「さあなぁ。こだわりが強すぎてやり直しばかりだからなぁ」
「細かいよなぁ」
そのぶん大工たちは食いっぱぐれないが、家に帰ることもできない。葛藤もあるようだ。
「ずいぶん豪華ですね。まるで大聖堂だ」
「にいちゃん。あんまそれは言わない方がいいぜ。教会が力を持ち過ぎると他国の権力者や他宗教がケチつけてくるからよ」
ヨシローはわかりましたと頷いた。
「にいちゃんはダンジョン攻略の応募だろ。あっちだ」
教会の隣りの建物を教えてくれた。
「教会はまだ入れないですか?」
「いいんじゃね。戦神様は立派だぜ、冒険者なら一目拝んどくといい」
教会内部はなかなか凝ったつくりになっていた。壁や天井に絵画がはめ込まれ、一番奥までまっすぐに赤絨毯が敷かれている。奥の壁には一面大きな一枚絵がはめ込まれていた。
きっと趣味のいいものなのだろう。その絵画の物語る意味や価値はわからないが、周りの観光客が足を止めて感嘆の表情をしているのだからと推察した。
戦神様はかなり立派な彫りの深い戦士の姿で佇んでいた。これも今の教会のために新たに作られたものだろう。周りで褒め称える人たちがいるが、邪神様の樟や古い女神像を見た後だと違和感しかなかった。教会というよりは美術館のような感じだった。
戦神様の以前の像はないか聞いてみたが、ない。とのことだった。
以前の戦神様の祠跡地の上に今の教会を建設したということだが、それまで大切にしていた戦神様の全てが破棄されたらしい。
そんなことがあっていいのか。邪神様、女神様の祠は捨てられてはいるが、あることはある。しかし、クナトの新しい国教といってもいい唯一戦神様の歴史がないなんてことに闇を感じて仕方がない。
ヨシローは祈ることに躊躇して、しばらくベンチに座った。
三柱信仰の巡礼はこれで終わっていいだろう。
邪神様が紅竜の真眼はダンジョンにあると言っていた。たぶん外で募集しているダンジョン攻略がそれだろう。
問題は隣国の騎士団が主軸となって攻略をしているのと、攻略する冒険者を募集していることだ。間違いなく争奪戦になるだろう。
「失礼。隣りいいかな?」
言われる前にすでに知らない老人が座っていた。ヨシローはどうぞ、と返事をした。ベンチは戦神様に向かうようにいくつもあったのと、他のベンチは空いてるのもあった。
「どう思う?」
老人が話しかけてきた。
「何がですか?」
突然のことに言葉がそれしか出なかった。
「立派な戦神の像だ」
目の前の戦神像を杖で指して言った。
「古くからの戦神様が見たかったですね。残念です」
老人は薄ら笑いを浮かべた。
「儂も三兄弟でな。一番下の妹を大変可愛がっててな。ちょうど三柱と同じような関係だった」
ヨシローは頷いた。
「クナトは昔はそれほど豊かな地ではなかった。宗教都市がなぜここまで栄えたかわかるか?」
「戦神様だけを唯一教として経済が発展した。理由がわかりませんね」
「信仰というものを騙り履き違えた信仰を流布したからだ。三柱教が宝蔵してきたものを闇に流したため巨万の富を得てきたのだ。歴史的文化価値のあるものを金銭と交換するなど愚の骨頂だ。しかし、その金で貧しかったクナトが発展を遂げている。もうクナトには神はいらないのだよ」
老人は怒りと落胆の間に挟まれ苦悩していた。
信仰というものを大事にして欲しいという気持ちもある。と同時にクナトの地に豊かさを切望する思いもある。どちらかを切り捨てなければならない事情があったかもしれない。人の気持ちはいつも揺れ動いていてその時の最善の選択が時を経て自分を問い詰めてしまうことにやるせなさを老人は覚えていた。
「今、クナトは活気に溢れておる。移住者、子供が増え住む家も立派なものばかりになった。喜ぶべきかもしれんな」
老人は祈るわけでもなく目をそっと閉じた。




