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聖地巡礼

「ヨシロー様、ヨシロー様」

か細く消え入りそうな声がした。ヨシローは寝具から起き上がり、窓の月明かりをみた。

「フィム?」


「さすがはヨシロー様。クナトに到着されましたね。わたしはお側には参ることができませんので声だけで失礼致します。紅竜の真眼をよろしくお願いします」


 ヨシローはもっと詳しく情報を聞きたかったが、フィムの声が小さすぎて最後まで聞き取れなかった。


 翌朝、宿屋の老人に教わった邪神の祠の跡地に向かった。樹齢千年を越える樟。それが目印だ。


クナトを離れて山の中腹をつたって行き着いた場所にそれはあった。

幹周十四m、樹高三十m。樹齢千年という見事な枝分かれ。かなり太い鎖が巻かれているが錆びて切れている。祠はないが、間違いない。ここがかつて邪神様が祀られた場所だろう。

見捨てられて永い時を経たのだろう。自然に溶け込もうとする姿も神々しい。


 ヨシローはカバンから酒瓶を取り出して樟に供えた。祈り方はわからないが静かに目を閉じてひざまづいた。

修道院にいた頃の祈り方でいいものだろうか。祈りの対象が違うのだからと両手は腰の前で添えたままにした。


「ヒトの子よ。なんのようだ。ここは信仰を忘れられた地。ヒトの来るとこにあらず」

人の姿をした牛頭骨の男が樟の中から現れた。捻れたクスの杖を持ち、ボロボロの法衣を纏っていた。供物の酒をチラと見た。


「信仰の途絶えたこの地はもうすぐ滅びを迎える。家族、大切な者を連れて出ていくがよい」


「邪神様。僕は巡礼の途中で明日は女神様の祠を回るつもりです」

「最愛の妹だ。古き祠を訪れよ。しかし、滅びは止まらん。運命は変えられん」


「わかりました。邪神様、紅竜の真眼はご存知ではないですか?」

「紅竜の真眼か。弟の眼だ。今はダンジョンにあるだろう。手に入れたならくれてやる。弟も承知するだろう。妹は悲しんでいる。守ってやれるか?」


ヨシローは頷いた。

「われナハトの名のもとに加護を与える」

邪神ナハトのかざしたクスの杖から光がヨシローに降り注いだ。


 眩しい光から解放されるとナハトはいなかった。樟に巻かれた錆びた鎖は朽ちるように脆く落ちた。


宿に戻ると老人が食事の支度をして待っていた。

「邪神様には会えたかの?」

「はい。おじいさんおすすめのお酒をお供えできました」

「ほう。粋なことするのう。儂の足だと山はきついからの、そりゃ嬉しいわ」


「おじいさん。近いうちにクナトでよくないことが起こりそうです。身内の方がいるなら一緒にここを離れるよう邪神様が告げられました」

「ほっほっ。邪神様と会話したか。うんうん」


しまった。冗談に聞こえたようだ。言葉の選択を間違ってしまった。

「よいよ。儂、三柱様を代々崇拝して来たんじゃ。三柱様への信仰がうわべだけとなった今もう儂は…」


ヨシローは始めから言い直そうとしたが

「少しの間、クナトから離れるだけでも考えてください」

「ほっほっ。忠告ありがとう。故郷で骨を埋めることは恥ずかしいことじゃあない。それが神のお告げとあらばそれが運命と言うてもよいじゃろう。儂はこの土地で最後まで三柱様と共にいたいんじゃ」


 翌朝。女神様の祠に向かう前に新しくできた女神様の祠を見て回ることにした。そこはクナトの城壁外にすぐ近いところに位置していた。戦神様を祀る教会と比べ、ずいぶんとこぢんまりした造りだった。


「あら、いらっしゃい」

木陰に座ってタバコを吸うシスターが呼び止めた。

「ここが女神様の新しい祠?」


しばらく無言が続いた。タバコの灰が重力で落ちたところでシスターは喋りだした。

「そうね。中もご覧になります?」


質素な造りだが小綺麗にされた内装で祠の中央奥に女神の石像が鎮座されていた。

「これしかありませんの」


「古い祠から移られたのですか?」

「いいえ。新しく新調された教会認定の由緒正しい女神像です。お祈りされていきますか?」


ヨシローは首を振ると、シスターはタバコに火をつけた。祠の中で火をつけるとこを見たとき

「ちゃんと掃除してるからいいの」

水を張った桶をコツンと蹴って防火対策をアピールした。


「女神様は人間の姿なんですね」

「何言ってるかわかりませんが、人間は神様の姿を模して作られました。異論は認められません」

そうなのか。では邪神様は牛頭骨の顔をしていたが、人が神と対面すること事態が奇跡的なことなのだろう。


「女神様はクナトの中には作られなかったのはなぜです?」

「さぁ。戦神様の妹というだけで神の序列からは外されたのでは。三柱教は戦神様だけを据えております。大昔は兄弟というだけで三兄弟を祀っていました」


「寂しい話しですね」

「別に構わないわ。教会が完成すれば私は、そこに呼び戻されるの。高い地位と別に住まいも約束されてるの。待遇がうんとよくなるなら喜んでここでご奉仕できるわ」

シスターはつい言い過ぎたことに気づき、またタバコに火をつけた。


「内緒よ。街で言いふらさないでちょうだい。他に何か聞きたいことある?」

「いえ、古い祠跡も見てまわってみます」

シスターは指をちょんとさして、この方角にあると教えてくれた。







 




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