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精霊樹の泉

「わたしは魔族だ。人間が敵う相手ではない。命を無駄にするな。それとも贄として来たか」


 この白い大蛇は舌を頻繁に出し入れして、ヨシローと対峙した。


「魔族?」

「待て。最初に言ったが敵意はない。そういう魔族に出会ったことはないのか」


「ここはあなたの住処ではないですよね」

「…いかにも。お前の住処でもない」


「ここには精霊が住んでるはず」

「そうか。見なかったがな。断りもなくは失礼だったな。すぐに出て行ってもいいのだが少し事情があってな。できれば見過ごしてもらいたい」


しばらく沈黙が続いたが

「わかった」

ヨシローの返事に白い大蛇も答えた。

「わたしの名はクチナワ。見ての通り体が大きくなり過ぎて脱皮に時間がかかっているのだ。決して争い事を持ち込んだわけではない。お前たちにも手伝って欲しい」


ヨシローが後ろに隠れているリタを手招きした。

リタは震えていた。クチナワのスプリットタンに気絶しそうになっていた。


 大きな目玉の殻にリタは目を輝かせ

「キレイ」

と感嘆していた。

「もうひとつ目玉の殻を剥がしてくれ」

クチナワは嬉しそうに声を掛けた。


ヨシローも尻尾の先まであともう少しで脱皮の手伝いが終わりそうだ。分厚い鉄板をバールで捻じ曲げるくらいの力が必要だった。なのでほとんどはクチナワが自力でもがいて殻から抜け出た。ヨシローは殻が渇かないよう泉の水をかけていた。


 クチナワは脱皮が完了すると

「ここの住人にお礼と詫びをと言いたいところだが、黙って去るとしよう。すまんが代わりに頼まれてくれるか」

ズルズルと泉から這い出しどこかへ消えた。


「ちょっと休もう」

残された二人は泉から出て座り込んだ。腕が疲れた。


「ご主人様はここには来たことがあるのですか?」

「うん。時間の流れがねちょっと違うんだ。でもこんな泉は知らないなぁ」


リタには潜在的な魔力が備わっているのをヨシローは感じとった。きっと精霊たちも見ることができるだろう。自分は苦労したな。また会えるのかな。と懐かしんでいた。


リタにパンを渡し、自分もかじりつきながら

「あとで泉の向こうの木まで行ってみよう」

指差した先にはひときわ大きな大木がそびえていた。

リタはパンを頬張りながらコクンと頷いた。


「ほんとに立派な木ですね」

リタが大樹に触れて言った。


この大樹の周りだけいっそう火垂の灯りが舞っていて幻想的なそれでいて神秘的な輝きを醸し出していた。


「ようこそ。人間さんと、可愛らしい獣人の子よ」

大樹の枝に座る人影が見えた。

「今降りるから離れてもらえるかな」


二人は大樹を見上げながら後ろに下がった。

いくつかの火垂が二人の周りを飛び回り

「精霊王さま。人間ですよ、私達をさらうつもりかもですよ。気をつけて」

「こわーい」

「けっ。人間が。精霊王さま。こいつらに罰を与えてください」

「獣人ね、あなた。へんなのー。よく見せてー」

「人間ごときが、精霊が見えるわけないじゃない」

と火垂たちは口を揃えて言う。


大樹から人影がゆっくり二人の目の前に降りて来た。

「わたしはウンディーネ。先程のことは見させてもらった。この精霊樹を汚すことなく対処してくれてありがとう」

見た目が性別の区別がつかない中性的な美しい顔立ちをしたウンディーネと名乗る精霊王は心地よい音域の言葉で二人を和ませた。


火垂の精霊たちは精霊王が降りてくると静かになった。

「ウンディーネ、さま」

リタが精霊王の顔を見つめた。


「二人とも精霊が見えるようだね。素晴らしい純度の魔力をお持ちだね」

続けて

「ここは精霊樹の泉で、君たちが普段住んでいる世界とは別の空間なんだ。少し前にこの泉に先程の白蛇が迷い込んでしまってね。どうしたものかと悩んでいたところ君たちを見つけてしまってね。こちらからお願いする前に対処してくれた。というわけなんだ」


「ではよかったですね。ウンディーネ様」

精霊王はリタの屈託のない言葉に深く頷いた。


「さて、君たちの苦労に報い、祝福を授けよう」

精霊王の後光が光を増して二人に降り注いだ。


「ご主人様?」

リタは包帯をとって見せた。腫れが引いてしっかりと目を開いていた。身体中に残ってしまった傷痕もなくなっていた。左のギザ耳は残っていたがちゃんと聞こえるようだ。


「見える?」

ヨシローは指を振ったり二本三本と数を変えてみせた。

「はい。はっきり見えやすいです」


「精霊王様」

ヨシローは精霊王にお礼した。

「君にも授けたものがある。必要なときに使ってみるといい。万能ではないがきっと役立つ日がくるはず」


「ありがとうございます」

二人は再度お辞儀をして感謝を述べた。


「精霊樹はね。数年に一度花を咲かせ、散ったあといくつか実をつけてその実から新しい精霊の子が誕生するのです。大事な生命の樹なのです」

三人は精霊樹を見上げた。


「太古の昔には精霊樹もたくさんあったのですが、今はこの大樹だけが唯一現存していてね。わたしたちは空間の歪みの中で大事に守り続けているのです」


「精霊樹さまは元気ないの?」

リタが質問した。

「そうだね。命あるものは皆終わりがくるのです。やがてこの精霊樹も終末を迎えます」


「そんなぁ」

リタのしょんぼりした顔に

「ありがとう。いつか滅ぶとしても、獣人の子に美しい思い出として残ったなら、それはそれで。精霊樹にとっても素晴らしい出会いだったのですよ」

精霊王はリタの頬に触れた。





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