獣人の里
靴を脱いで足を伸ばした。子供が桶に水を張って持ってきてくれた。足を浸しながら子供を見た。
怯えて部屋の隅っこで縮こまっている。
「灯りつけてもらえる?」
子供は慌ててランプを灯した。
よく見ると子供は今までも乱暴に扱われていたのだろうか。左耳がギザギザになっている。片目が腫れて視界も悪そうだ。髪も長く伸びてボサボサ、身体中アザや傷だらけで痩せていた。
「えっと、ヨシローっていうんだ。君は?」
鼻をすすりながら
「リタ」
リタは部屋の隅っこに戻ってうずくまった。
「旅のひと。余計なことを承知で言うけど、あの子に余計なことするんもどうかなって」
宿を借りる前に言われた。自分でもどうしてかわからなかったが、二人分の宿賃を払った。サンテール通貨を見て不思議そうな顔をされたが受け取ってくれた。
カバンから干し肉を取り出してリタにも分けた。その間に水を張り替えに行った。
戻ってくるとリタは泣きながら干し肉を持っていた。
「食べていいからね。あと水とタオル新しく替えてもらったから使って」
そういえば、寝床が一つしかない。リタは名前からして女の子だろう。
「リタはいくつかな?」
言ってみて失礼な質問をしたかもと思った。
「じゅう、に」
十二歳か。痩せて小柄なせいかもっと幼く見えた。リタは壁を向きながら上を脱いで身体を拭いていた。ヨシローは思いついたようにリタを見つめないように姿勢を変え背中合わせになるようにした。
「提案なんだけど。寝床はひとつしかない、わりに大きいから隣でいいなら半分使っていいからね」
ヨシローはそれだけ言ってスペースを半分空けて寝た。四、五つ年下だから他意はない。
翌朝、リタはシーツに包まって床で寝ていた。
少しの物音でリタは起き上がり、深々と土下座していた。慌てて起こしあらためて顔を見た。目の腫れものが化膿していた。だが瞳は澄んで綺麗だった。
カバンから薬草を取り出した。傷薬だが化膿止めの効能もあるから使おう。いつまでも持っていても仕方がない。薬だって使用期限があるからだ。
「清潔なガーゼだから触らないようにね」
酒場に降りて店主と会話した。
「旅人さんよお。一時的な肩入れは良くないぜ。誰にもそんな権利も義理もないんだからよ。そこんとこ旅人さんは甘いんじゃないか」
「この里では子供がのたれ死んでもいいんですか?何か預かる施設なんかはないのですか」
「獣人、いやどこの世の中も自分のことでいっぱいなんですよ。人間社会のようなコミュニティを真似るなんて、そりゃここじゃ理想論ですよ」
ヨシローは壁に貼ってあるチラシを一枚外した。
そうだ。言う通りだ。世の中は甘くない。自分がいた孤児院だって受け入れてられなかった子供がいた。
「ご主人。このビラ」
「おっ。狩りができるのかい」
ヨシローは頷いた。
「じゃあ、せめてリタを連れてやってくれ。自分の食い扶持は稼げるようにならんとな」
リタは階段の袖でじっと待っていた。
ヨシローは何も言わずに酒場を出ていくとリタも後をついて行った。
「よくついてきた。酒場のご主人の言う通りだ。できることをして生きよう」
「?」
リタは困った顔をしてヨシローをじっと見た。
「僕も孤児なんだ。同じなんだよ」
リタの目が潤んで今にも泣きそうだった。
ヨシローはカバンからナイフを取り出しリタに握らせた。リタの手には大きいだろうし力を込めて握ることも今は困難だろう。
「ナイフじゃ心許ないけど一応ね。依頼内容に危険はないから。動物を狩る。魔獣じゃないから、一緒に行こう」
しばらくの間はリタと二人で狩りを勤しんだ。狩りの成果はゼロの時もあった。リタが野うさぎに負けることもあった。ナイフの取り扱いに不慣れで自分を傷つけることもあった。
狩りで得た動物は酒場に持って行くと料理として客に振る舞われた。酒場の食糧調達をするのがチラシの内容だった。狩った分だけ宿賃をまけてくれた。
狩りの基本は罠を仕掛けることだった。単純に餌を撒いておびき寄せて落とし穴とロープを輪にして吊り上げる罠をいくつか設置して待つ方法だ。
ヨシローは弓は苦手だから水撃を使うが、リタは自分より小さな動物を追いかけ回すやり方で日が暮れるまで走った。リタは考えながら罠に誘導するよう仕向けた。
成果の悪い時は、早めに見限って薬草の話しをしたりした。この辺ではオトギリソウとヤブカラシが自生していたので薬効と作り方を教えた。どちらも比較的簡単に覚えてもらえそうだ。
川に行くと釣りも教えようとしたが、獣人の大半は魚を食べないらしい。
「そういえば獣人ってなに?」
「?」
質問に答えられなくてしょんぼりするリタを見て
「質問が悪かった。リタは何の動物の特徴を持ってるの?」
「柴犬。里のみんなはわからない。わたし頭悪いから、柴犬は他の洋種とは上手くいかないって言われた」
「そうなの?」
「うん。洋種って何かわからないし、字も書けないからバカにされる」
「言葉がわかるだけ偉いよ。リタ」
思わずリタの頭を撫でてしまった。リタは恥ずかしそうに笑ってくれた。




