クレイ 3
「何打ち解けてんだ」
大きめの鍋を持ったクレイが冷ややかな目で見る。
ヨシローは多めに貰った肉を持って言葉に困っていた。
「何で肉の解体を手伝ってたんだ」
クレイが戻ってくるとエルフたちはそっぽを向いて仕事したから、機嫌を損ねてしまった。
猪鍋をつつきながらも機嫌は治らなかった。
「ヨシローには関係ないことなんだが」
「だからごめん」
クレイは視線を流すようにヨシローを見て
「いや。聞き流してくれていいんだが」
「長には求婚者がいてな。厄介なことにしつこいんだ。近々訪問しに来ることになったらしい」
ヨシローの箸が止まった。
「エルフは恋愛に疎いって言ってましたよね」
「エルフの長は豊穣の女神と喩えられるくらい偉大で美しいお方だ。求婚はあとを絶たない。エルフが流れものをしている理由のひとつに闇の歴史があるからなんだ」
「闇…」
「他国同士の戦争の報酬に要求されたり、攫われたりすることもある。人間が見せ物小屋や性奴隷として血眼になって掠奪を重ねる時代もあった」
「そんな、」
「結婚も例外ではない。お披露目と称した見せ物だ。権力の誇示のために利用され虐げられてきたのだ。俺たちは戦争を好まない。だから流れものなんだ」
「その求婚者は長を大事にしてくれる方だといいですね」
「さあな。そいつは魔族だからな。何を考えてるかわからん」
「魔族。確かに悪いイメージですね」
「知らないのか。紳士的なやつもいるし、聖人みたいな魔族もいるんだぜ。人間のイメージとはかけ離れたやつはゴロゴロいるんだぜ」
「では、何が問題ですか?」
「長が結婚に前向きじゃないってとこだ。基本エルフは前向きじゃないがな」
猪鍋も食べ終わり、就寝をとることにした。
「ヨシローはそろそろ、獣人の里を目指すか?」
「多分、そうです」
「それならいい」
「少し気掛かりですが」
「聞き流せと言ったろ。久々に他人と会話したかっただけだ。気にするな」
二人は寝床から天井を見つめていた。
「その魔族に何か思い当たる節があるんですね」
「そいつはエルフの集落を襲ったことがある。野蛮なやつだよ。さっきも言ったがエルフは戦争を好まない。この本能があいつのしたことをうやむやにしている。だが俺はそうじゃない。長を守る使命だけで生きているからだ」
クレイは沈黙の中、一つ息を吐いて
「魔族の名はタイニィフレイム。俺はあいつを殺そうと思っている」
ヨシローは起き上がった。クレイは静かに天井を向いて目を閉じていた。
本能と使命の間で揺れているのだろか。ずっと一人で抱えていたのだろう。
クレイはいつも通り弓を背負い身支度をしていた。顔つきは真剣だった。
「フェルノートっていうんだ。俺が作った弓で最高の威力と命中率を誇る」
「心配だよ」
ヨシローが気にかけた。
「ははっ。俺もなんでこんな気持ちかわからん。長の命令でもないしな」
アルヘイムからずいぶん離れた。
「ヨシロー。楽しかったよ。こんなにどうでもいいことを喋ったのは生まれて初めてくらいだ。爽快だよ」
クレイはスッと指差した。
「このまま真っ直ぐ。一本だけやたらとでかい木がある。そこまで行けば道がある。けもの道だが獣人の里に近づくからな。あとは山道に出ればおのずと獣人の里だ」
ヨシローは頷いた。
「クレイはここで戦うの?」
「わからん。感情が真っ白でな。決心がついてないんだよ」
エルフは自衛本能はあるらしい。自分や集落に害するもの、生きるために狩猟をすること。そのためにだけ戦闘意識が働くが、今この状況では意識が働かない。
「危険だよ。どうしたらいいかわかんないよ」
ヨシローもここでお別れ。という気がしなかった。
「いいんだよ。独りよがりなんだから」
森がざわめいた。
「ヨシロー。頼めるか」
いうや否や、ヨシローは行雲流水を張り巡らせた。
「きました」
禍々しい空気が漂った。行雲流水が必要ないくらい周囲がざわめいた。
「これは、出迎えと捉えてよろしいか」
二人の前に全身が赤毛の山羊の頭をした魔族が現れた。足は蹄だが手は五本の指を持っていた。胸筋が発達しすぎて逆三角形の体格が圧を感じさせる。
「長は再三お断りの旨、伝えているはずだ」
「だからこうして、何度も足を運んでいるではないか」
タイニィフレイムはヨシローをチラっと見た。
「その人間はわれへの供物か」
「たまたま居合わせただけだ」
「では、好きにしていいんだな」
タイニィフレイムの威嚇にヨシローは剣を抜いた。
「ヨシロー。バカだよお前は」
「あれは危険ですよ」
「俺たちは争いを好まない。出直してもらおうか」
タイニィフレイムはニヤリとして
「ご馳走を目の前にして立ち去る事はなかろう」
クレイが弓をつがたえた。
「好戦的な輩はお断りだ。やはりお前はここで始末する。長には諦めて帰ったと伝えておこう」
「ではわれはお前らを喰い殺して何食わぬ顔してフレイアに会いに行くとしよう」
「フレイア?」
ヨシローがクレイの顔を伺った。
「長の名だ」
タイニィフレイムの剛腕が二人を襲いかかった。すかさず身をかわすが、地ひびきがすごく、着地を狂わせる。
「ヨシロー。あいつは肉弾戦タイプだが、その名の通り火を操るぞ、わかってるな」
「了解」




