魂のディール
持ち上げすぎだと内心では思っていた。しかし、フィムの言葉は人を心地良くさせる響きがあった。
「まずはクナトという地を目指していただきたい。三柱信仰のある土地です。探していただきたいのは紅竜の真眼。もちろんこの世のものではありません」
「探すものは他にいくつかありますか?」
「そうです。清流の籠手。星辰の宝珠。の三点が集まればケルンをもとに戻すことができます。わたしは堕ちたものですので信仰のある土地には降り立つことができません。これはどんな信仰の土地でも拒まれてしまいます」
「自分で探せない理由ですね」
「無理矢理降り立つことはできます。ですが堕ちたわたしは災禍を共するので、それは望むことではありません。それにわたしは他にやるべきことがあるのです」
「ケルンを元に戻すことより大事なことってあるんですか」
フィムは神妙な面持ちで
「楽園への復讐です」
ヨシローは少し考えて
「天秤にかけることじゃないですよね。大事な人の命と復讐は」
「本当におっしゃる通りです。ケルンにはわたしの知らないところで幸せになってもらいたい。しかし、わたしの中にドス黒い感情も捨てられずにいる。ケルンにはもう二度と会えなくていい」
「楽園と言いましたが、一人で復讐を果たすことがどれだけ困難なことか思いとどまらなかったのですか?」
「あなたは、お優しい方です。復讐とは程遠い方なんですね。わかってましたが、こういう哀れなわたしもいるということです」
「フィムさん。楽園の復讐のため手を貸すことはできません。なのでケルンを元に戻す願いも力になれそうにないです。クナトという地のどこでどういうふうに紅竜の真眼を手にするかも見当がつかないわけですよね」
「探しものとはそういうものです。魂のディールは始まっているのです。ヨシロー様の魂にはすでに楔を打ち込みました。ケルンは呪われていると言いました。ヨシロー様は呪いに影響がないというのは楔を打ち込んだからです」
ヨシローとフィムの視線が合わさった。
「そういうことですか」
「申し訳ありません」
フィムは立ち上がり窓に手をかけた。
「ケルンのことはいつになっても構いません。できなかったらそれも運命です。この世界は終末に向かってます。世界が終わるのに元に戻せとはおかしいと思いますが、この世界は酷くも美しいのです。ケルンにはもう一度美しい世界で笑って欲しいのです」
「終末?」
「そんな近い未来のことではありません。世界の理とはそういうものです」
フィムは壁をすり抜け消えて行った。
「あまり長居すると、災禍が大きくなってしまいますのでこれで」
黒い羽を一つ舞わせた。
ヨシローは窓に手をかけた。フィムはもういない。そっと胸に手を当て
(魂の楔…)
魂のディール。ヨシローは反芻しながら昨夜のことを思い返した。カバンの中にケルンがいる。
仕方がない。クナトを目指すか。他の探しもののヒントもなく不安が募るが決心はついた。
町で乗り合い馬車の持ち主に会った。
「よお、こないだはありがとな」
御者は落ち込んだ表情で声をかけてくれた。
「どうかしました?」
御者が指差した。
馬車が灰と化して半壊していた。すでに消火されてはいた。
「馬は厩舎に預けてたけどな。しばらく廃業だよ。火の類いはねえもんでよ。誰かがイタズラに不始末なことしたんだろうってな。嫌んなるよ」
フィムの言っていた災禍の一部だろうか。確証はないが不吉なことが起これば連想してしまう。
「クナトに行こうと思ってるのですが」
御者はやる気をなくして
「クナト?ウチは行かねえなあ。あれだろ。なんか信仰の地だよな。にいちゃん、入信すんの」
「いえ、有名な信仰なんですかね」
「んー、土着の神さん祀ってるとこだが、最近新しく神さんのために建物建てるっていうから賑わってんな。町おこしかなんかだろ」
「お仲間でクナト方面に行く馬車はないですか?」
「馬車は今のとこなかったかなあ。急いでんの?」
ヨシローは首を振った。
「にいちゃん、強いからよ。街道は賊が出やすいから、クナト目指して真っ直ぐ森を突き抜けるのよ。森は迷いやすいけどよ、運が良ければ途中獣人の里に着くからよ。まぁ冗談半分で聞いてくれ」
地図を見せてもらった。確かに山を避けるように迂回して街道はクナトに続いている。山を越えれば直線的には近い。街道の間に村も宿もないとのことだが、直線コースなら獣人の里で休める。
原始の森で迷わず真っ直ぐ来れた自負があるから山越えも悪くないなと思った。最悪獣人の里は立ち寄らず見逃しても構わない。とも思った。
フィムのもたらす災禍。呪われたケルン。魂の楔。魂のディールは何か周りに影響を及ぼすのだろうか。今のところ馬車の件以外にないとして、自分の足取りに何かしら負の影響があってはならない。
自分の足で歩いて検証も兼ねるしかないだろう。そしてまたフィムに出会えることを期待して。
まったく不平等な取引を持ちかけられたものだ。




