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漆黒の夜

 漆黒の夜だった。

いつものように楽園でわたしとケルンは戯れていた。

「フィム。夜が来たわ。帰りましょ」


ケルンの言葉よりも、この漆黒の夜にわたしの心が奪われていた。なんと鮮やかな黒だろう。


やがてわたしはこの漆黒の夜の中で過ごすようになった。この白い翼も、絹のような艶やかな肌もわたしの全てを漆黒に染めて欲しいと願った。


いつしかケルンの言葉は聞こえなくなった。愛しいケルン。今はお前の言葉よりもこの漆黒に魅入られてしまったのだよ。


わたしの願いは聞き届けられた。なんと美しい黒だ。翼もこの彫刻のような肉体も。あれほど憧れた漆黒に染まっていた。試しにこの黒い鉤爪で己の肉体を傷つけてみた。素晴らしい漆黒の血が流れた。


戻ってきて。とケルンが泣いている。ああ、ごめんよ。この美しい漆黒を手に入れたからにはわたしはもう楽園には住めない。わたしは望んで漆黒の夜に堕ちよう。


愛しいケルンの声が聞こえなくなった。きっと幸せに暮らしていることだろう。


久しぶりにケルンの顔が見たくなった。遠くからでいい。気づかれなくていい。愛しいケルン。それだけがわたしの中で変わらなかった唯一の思いだ。


 ケルンはわたしの罪を被り、わたしが受けるべきだった罰を受けていた。翼をもぎ取られ、皮膚を剥がされ、目玉も舌も抜かれ、形が残って無かった。


わたしは泣いた。ケルンの欠片を集めるも何もかもが足りなかった。


ケルン。愛しいケルン。わたしのせいでこんな。


 閉じた瞼をゆっくり開いた。ほんのコンマ一秒。瞬きするだけで思い出す。

わたしには自分を漆黒に堕ちる前に戻ることはできない。ケルンを元通りに戻すこともできない。

残酷という罰を神が与えたのだ。


 ヨシローは無事に町に着いた。自警団の詰所に寄ると、馬車の御者がいた。

「あんた、無事だったのかい」

「はい。ただ、最低でも三人いたんですが一人は確認できず逃げられたかと思います」


「そうか。まぁ、あとは自警団に任せればいい」

自警団に一人は倒して、一人は焼身自殺したと無理矢理な説明をした。火魔法の制御ができていなかったと言っといた。


 ヨシローは宿を見つけ、少し寝ることにした。何も考えたくなかったからだ。腹が減って起きたら、その時行動しよう。今は思考を停止したい。


 どれくらい寝ていただろうか。バサッと音がして目が覚めた。

部屋に何か人影があった。

(黒の外套?)

ヨシローは驚き跳ね起きた。


「突然の訪問申し訳ありません。わたしはフィムと申します。あなた様を探しておりました」

どういうことだ。追い剥ぎがその姿で町に入れるのか。色々な疑問が頭をよぎった。


「失礼ですが、あなた様のお名前をお伺いしても?」

ヨシローは警戒した。

「ああ、当然ですよね。ちゃんと説明します。質問にも答えます」

フィムは外套を脱いでひざまづいた。


漆黒の翼が大きく広がったかとおもうと、美しい所作と思わせられるような動きで翼を閉じた。ひとことで言うなら完璧な黒。としか言いようがなかった。


「追い剥ぎの仲間?」

「?いいえ。それよりも堕ちたものでございます」

フィムは首を振った。


「…ヨシローです」

「ヨシロー様。まずはこちらを預かっていただきたい」

手渡された包みを開いて硬直した。


「こちらを肌身離さず守っていただきたい。その上で探しものをしていただきたいのです」

「これは。右手。ですよね」

包みの上に爪も皮膚も肉も抉られて骨の見えた右手首が大切されていた。


「彼女の名はケルン。わたしたちは人間たちがいう天使という種族です。わたしはこのとおり堕ちたものです。ケルンは、わたしのせいでこの有り様です」

フィムはケルンの名を口にするたびに震えた。


「この世界には人間、いえ魔族すら作れないものが存在します。もちろん天使ですらその構造を知らないものです。誰が何のために作ったのかわからないものがあるのです。ケルンを戻すためにそれらを探してもらいたいのです」

フィムは土下座をしながら話し始めた。


「それはなんですか?どうして僕ですか?」

「おっしゃる通りです」

頭を上げてもらおうとしたが、土下座のまま後退り拒否された。


「まず、ヨシロー様はこの大陸の中で極めて魔力が高い者の一人であります。かなり純度の高い魔力の持ち主なのと、旅をしてらっしゃるというので探しものに適任かと思いました。勝手ながらあなたの存在は漆黒の夜という人間の住む世界とはまた別の世界から覗かせていただきました」

理解はできなかったが次元の高い話しをしているのだろうと思った。


「というと、他に魔力の高い冒険者も候補がいるわけですか?」

「いえ、失礼しました。ヨシロー様だけです。ケルンはこのとおり呪われています。わたしが欠片を全て集めて復元できたのは右手だけです。ですが生きてます。呪われた魂としてあるのです。そして呪いに影響がないのはヨシロー様ただ一人なのです」


呪い。本当に大丈夫なのか。どんな呪いなのだろうか。不安が募る。

「僕は旅はしてますが、いろんな魔法が使えるわけではないし、強くもないですが」

「ヨシロー様には漆黒の夜に染まらない心があります。それはわたしなんかよりよほど強い証なのです。これからの旅はヨシロー様をさらに強くしてくれます」





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