黒い外套
「ずいぶん遠回りをしたそうじゃな」
バシ・リサが玉座で高い位置からヨシローを見下ろした。大臣がヨシローにひざまづくよう催促した。
「よい。本心は同じ目線で話したいところじゃが、我の立場ゆえ許せ」
帝国宮殿内はサンテールブルク宮殿に比べて厳かで、少し陰の入った感じだった。
「その土地のものを食べるよう心がけています」
「いい趣味じゃ」
バシ・リサとの面会はこれだけだった。ヨシローは宮殿を出ると関所に向かった。
「よろしいので?」
「ん?かまわん。すべて我の思い通りじゃ」
エリーナもヨシローもバシ・リサが喉から手が出るほど欲しいと渇望した。しかし、二人の何年後かにはフラン帝国にとって脅威となると危惧した。
サンテールを征服して手中に治めるよりも、エリーナの王としての器を最大限に活かすことを選んだ。
なによりエリーナのことが気に入っていた。
自分だけではその結論に至らなかったが、二人を見てそう結論した。友好を選んだのである。
「自分に驚いている。数奇な運命じゃ」
「我々も驚きです。覇王とも呼ばれる女帝が、まだあんな子供たちに温情をかけるとは」
バシ・リサは高らかに笑った。
「我は国の未来の安寧を思うて戦っておる。未来とはすなわち子供。将来子供たちに国を託すための準備をしてるにすぎん。では、あやつらも子供。ちと早いが未来を託したということじゃ」
「さすが陛下。国を思う気持ちに感動いたしました」
「しかしヨシローという男。陛下の下に置くべきでは?」
「んん。あれも我は気に入りじゃ。だから外に出した。世界を旅していい男になるよう進言した。あの忠心と強さは我が帝国内でもどれほどいるかの。あれの未来も楽しみじゃ」
サンテール市街。
「もし、ひとつ尋ねたいのだが」
黒い外套をすっぽり被った旅人が気配もなく立っていた。
サンテール市街の建設をしていた大工の男は何も言わず声の主を見上げた。
「魔物が出たと聞いたのですが」
「ああ?宮殿のヤツか」
大工の男は仲間を呼ぼうとした。旅人は手を振って
「いや、魔物を退治した方の話しを」
「ん?新しい王様かい」
「いや、いい。ありがとう」
旅人は小銭を渡して立ち去った。
王様とは確か女性。この国にはいないのか。
(待っていてくれ)
ヨシローは乗り合い馬車の中で静かに揺れていた。
「お兄さん。あんたサンテールのいいとこの学生さんだね?」
ヨシローはハッと気がつき頷いた。ル・ロゼの制服とハンガーはそのまま頂いていた。
「なんか大変だったらしいね。疎開かい?」
「まあ、そんなところです」
「お兄さん学校で剣術とかもやってたんでしょ。ちょっと安心してんだよね。ほら、最近追い剥ぎが多いって言うしね」
「追い剥ぎ、ですか」
「そ、私商いしてましてね。宝飾品なんか捌いてるもんでいつも気がきでないんですよ。なんか過激な連中で命まで獲るっていうんだから。頼りにしてますよ」
「はい、善処します」
しばらくは、のどかな旅が続いた。が馬車は止まった。
「あー。みなさん、気をつけてください。前方でやられたみたいです」
御者が警戒するよう促した。乗り合いの客たちは体を乗り出し前方の惨劇を見た。
馬車は横転し、馬も人も殺されていた。御者は現場から戻って来て救助の必要がないことを説明すると
「急いで抜けますんで、悪いが周囲の警戒お願いします」
鞭を振り上げ馬車を走らせた。
「私、フラグ立てちゃいましたかね」
商人が言うも誰も返さなかった。
ヨシローは御者の隣に乗り出し
「あの、殺された人たちはどうするのですか」
「ああ、町に着いたら衛兵に報告する。義務だからな。それより、あんたその剣扱えるんだろな」
「もしものときは、僕が盾になります。構わず走ってください」
馬車はスピードを上げて街道を走った。
「おい、前に人だ」
後ろにいた客が指差した。
「やべえ。抜けますぜ」
御者はさらに鞭を振って急がせた。
外套を羽織った男を抜き去った。
「いいのか?助けなくて」
客が御者に尋ねた。
「あれが追い剥ぎだ。確証はねえが、馬車を止めたら隠れている仲間が襲って来る寸法よ」
ヨシローが馬車の後ろに飛び移り、飛んできた矢を剣ではじいた。
「もう少し、スピード出ないですか?」
「やってるよう」
矢が飛んできたものだから、他の客は外に顔を出して警戒できず、伏せてしまった。
「御者さん。僕はここで足止めします。気をつけて」
そう言ってヨシローは馬車を飛び降りた。
「あんたもなぁ」
御者はどんどん鞭を入れて馬車を走らせた。
ゆっくり近づいてくる反応がある。街道を堂々と歩く者、木の陰から陰に移動しながら近づく者、一定の距離から動かない者、これは弓使いだろう。
ヨシローの近くを矢が刺さった。ずいぶん遠くから矢を射てる。躱わすまでもないのがわかった。
木の陰に隠れた追い剥ぎが出てきた。汚れた外套を羽織ったさっきの男だ。外套から剣を出した。
ヨシローも呼応して剣を抜いた。
「にいちゃん。身なりがいいなぁ」
剣を振り回して威嚇してきた。
街道を歩くもう一人の姿が見えた。ひときわ黒い外套に顔をしっかり隠した者が途中で足を止めこちらの様子を伺うように見ていた。手を挙げるとさらに後方から矢が放たれた。だが、当たるわけがない。狙いが定められる位置に弓使いがいないだろうから。




