サンテールブルクの夜明け
陽が昇る朝。まだ街が目覚める前のほんのひととき。アレクセーヴ家も使用人たちは慌ただしく朝の準備に取り掛かっていた。
「おはよう。セバス」
エリーナは敷地内にある鍛錬場で素振りをして汗を流していた。
「今日は、ずいぶんと早いお目覚めでございますね」
セバスは連れてきたメイドからタオルを預かりエリーナに渡した。
「ヨシローはどうした。まだ寝てるのか」
「彼は、他の使用人たちと共に雑務をこなしております。彼は毎日真面目に働いてますよ」
タオルから顔をのぞかせ
「殊勝なやつだな。朝食を一緒にどうだ?」
「ダメでございます。彼は立場上フットマンです。屋敷の中ではわきまえを守るべきです。お嬢様のお気に入りでもそれはなりません」
ちえッ。まあ仕方ない。大目には見てもらえてるのだ。わたしがはめを外すわけにもいかない。
「あのう」
庭師がやって来た。おずおずとしていて近づいてこない。セバスが庭師の方へ歩み寄り、なにやら耳打ちで言伝を預かった。
「どうした」
「王太子殿下が動き出しました。馬車でサンテールブルク宮殿へ向かっております」
「やはりな」
王太子殿下が何度も国王陛下に謁見を願い出てるのは筒抜けだった。婚姻の承諾が目的だろうが、今は何があっても無理なのは承知のはず。
バシ・リサの暗殺未遂と王太子の貴賤結婚。どちらも応じれるはずがない。
こんな朝から馬車を走らせるということは何か企みがあってのことだろう。
(まったく、殿下の周りには誰もついておらんのか)
「ヨシローを呼べ。殿下の奇行を止めに行く」
「失礼ながら、ここからは大人の責任ということで、お嬢様はいつも通り学業に専念するようにと、旦那様から言伝っております」
エリーナはセバスを見た。仕方ないという雰囲気だ。
湯浴みを済ませ、着替えた後朝食のために席についた。何事もなかったかのように振る舞った。が、
「今朝のパンは香ばしいな。ヨシローはパンが好きでな。あいつはル・ロゼの購買でパンばかり買ってわたしに自慢するんだ。わたしの分も買えというのに」
「お嬢様。使用人との距離を適度に保つように」
「セバス。硬いこと言うな。お前たちが付き添えに推したのだ。だが、確かにわたしにも責がある。今回は大目に見てくれ。パンの件はセバスからも伝えておいてもらえるか」
セバスは呆れた顔で承知した。
サンテール・ル・ロゼに向かう馬車の中で
「今朝は、なにごとかと思いました」
ヨシローはセバスに説教まじりに伝言を聞かされていた。慌てて返す言葉もなかったそうだ。
「そのなにごとかが起きるんだよ」
ヨシローは頷き
「装備一式は運べませんでした」
「仕方あるまい。子供の出る幕ではないのだからな」
御者に止まるよう声を掛けた。
「お嬢様に最近新しいご友人ができまして、本日はその方の馬車でご一緒する予定なのです。たしかこの辺で待ち合わせをしているのでわたしたちと、荷物を置いて、先に屋敷に戻ってもらえませんか」
御者は小窓から車内のエリーナを覗いた。目があったのでエリーナは軽く頷いた。
「わたしの交友関係をなんだと思ってるんだ」
「屋敷の使用人が皆ご周知ですよ。新しいご友人なんて殺し文句ですからね。喜んで帰りましたね」
「嘘がバレたらどうする」
「バレる前に爵位のある友人一人作ってください」
「まったく。適度な距離か」
バシ・リサは国王が崩御した際、もしくは王太子の貴賤結婚を認めたあるいは王位を譲られた際。このタイミングで王国の指導者不在と認識して仕掛けるつもりというのが我々の共通認識だ。この認識が共有できているものがどれほどもいないというのがネックなのだ。あまりにも秘匿にしすぎて動ける者がいない。
サンテールブルク宮殿、王の間。
「これはなんだ。殺したのか」
「いいえ、殿下。眠り粉でございます。大丈夫です。眠る前の記憶もなくす上品な薬学の知恵でございます」
「しかし、これは」
「謁見するのが目標でございます。殿下が王位を継承すればなかったことにもできます。ささ、ハンカチはしっかり鼻にあててくださいませ」
「王位?結婚の承諾ではないのか」
「殿下。両方とも、でございます」
メッサリナの持つ香炉がもくもくと煙を燻らせ辺りに充満する。バタバタと倒れた家臣の体を跨ぎながら王の間に真っ直ぐ歩いていた。至るところに匂い袋を撒き散らし行く手を阻むものを近づかせなかった。
王の間に辿り着いた。中央奥に玉座が二つ。向かって左側の立派な玉座に国王は鎮座していた。右側は亡き王妃のものだ。
国王は視線をじっとジョンに向けていた。
「謁見の許可は与えてないが」
柱の影から大臣が近衛兵を連れて歩み出てきた。
「殿下。今はそのときではございません。終わりましたら、後ほど、ゆっくりとお話しを伺いましょう。そのお連れ様と共にあらためて出直すのが良いでしょう」
「大臣。今その話しをするために連れて来たのだ。すぐに終わるだろう。兵も下げてくれ」
ジョンが場をわきまえず、きっと喜ぶだろうと期待した目で言った。
しかし、近衛兵は一人として動かなかった。
「国王様。お初にお目にかかります。メッサリナと申します。この度、次期国王である王太子殿下に求婚されましてご挨拶に伺いました」
メッサリナがジョンの前に出て挨拶をした。




