女帝バシ・リサ 1
案の定、足止めをくらった。
立ちはだかるのはジョン王太子殿下とメッサリナ男爵令嬢だ。
「本日、皆の前で婚約発表をする」
エリーナはドレスのスカートをつまみお辞儀した。
「謹んでお受け致します。殿下」
「エリーナ。お前との婚約は破棄だ。なんで頭の中がおめでたいんだ」
「王族の地位をお捨てになると」
「おめでたすぎるな。あと、後ろの従者。ここはお前の来るところではない」
メッサリナは澄ました顔で下を向いて、ジョンの一語一句に頷いていた。
「早速ですね」
「メッサリナが殿下の周りをうろつき始めたあたりで、この事態も想定していたが、まいったな。ここからはわたし一人で立ち回るのか。ドレスが邪魔になったな」
扇子をたたんで
「殿下の奇行は放っておいてよい。国王陛下とわたしの身を最優先に動いてくれ」
「わかりました」
ヨシローは宴会場に隣接するテラス、ボールテラスで様子を伺うことにした。
ボールハウスではトリヴェールという吟遊詩人が恋愛をモチーフにした歌を披露して盛り上がっていた。
行雲流水が感知した。
会場の扉が開き、そこにいるすべてのものが沈黙し畏怖した。
フラン帝国の女帝バシ・リサだ。
褐色の肌にスリットの入った大胆な藍のボールガウンを着こなし登場した。艶やかなオペラグローブの指先でカクテルをいただき、
「なんだ、作法を間違えてしまったか」
辺りを見回したが、誰もエスコートする者が現れない。
「あまりの美しさに、皆見とれてしまったのでございます」
「勇気ある少年よ、名は」
「サンテール王国が王太子、ジョンでございます」
男気を見せて前のめりに参上したのはジョンだった。
「うむ、このたびの招待に感謝する。して、国王陛下にご挨拶へ伺いたいのだがどこかの?」
ジョンは視線を逸らせることができなかった。離れたところでメッサリナがハラハラしていた。
「我の肌色が気になるか。マセた坊や」
ジョンは恥ずかしくなって下がった。
「アレクセーヴ公爵家が娘。エリーナと申します」
「よい。サンテールの若者は勇気があってよいな」
エリーナが大人たちを掻き分けて前に進み出た。
「国王様は、ご高齢とあって表立っていられないほどの状況であらせます。状態が良ければ顔を出せていたのですが、現在床に伏してます」
「なかなか肝が据わってるではないか。アレクセーヴ家といったな。素晴らしい逸材だな。目を見ればわかる」
エリーナはお辞儀をして下がった。
「待て。もう一人逸材がいるな。エリーナ嬢の従者か。なぜ顔を出さぬ」
バシ・リサの周囲の空気が異様な渦を巻いた。オーケストラ演奏者の譜面が突風で舞い上がった。
「エリーナ嬢の従者が逸材かどうかはわかりませんが、確かに従者を連れております。その者は身分が見合わないゆえ、外に出しております」
ジョンが少し悪意を込めて説明した。
「申し訳ありません。従者には国王とわたしの身を最優先にするよう命じております」
エリーナは腹を括った。ここからの問答は命懸けだ。
バシ・リサは扇子をエリーナに向けた。しばらく扇子の先端はエリーナの眉間を捉えていた。
「よい従者だな。覚悟のあるやつは我が国でも重宝しておる」
ボールハウスに渦巻いた風はおさまり飛ばされた譜面も飾ってあった花も元の場所に戻ってきた。
「宴を続けよ。この勇気ある二人に我は最大の賛辞を贈る」
オーケストラが音楽を奏でた。次第に周りの貴族たちが歓談し始め。曲目がカドリールに変わると踊り始める者たちも現れた。
バシ・リサは笑顔と愛想を振り撒いた。
バシ・リサに挨拶をする貴族も現れ、宴は何事もなかったように催された。
「ペリエだ。ご苦労だったな」
ヨシローはペリエを受け取ると一気に飲み干した。
「すみません。圧倒されました」
「バケモノだな。寿命が縮んだよ」
ボールテラスで涼みながら、しばしの休戦に甘んじた。
「女帝から勇者と認められたぞ。もう一人いるのが癪だがな」
ジョンが鼻を高くしながらメッサリナと歓談する。
「殿下。私たちの発表は?」
バシ・リサは微笑む。
グラスを通して赤く染まった景色を見ながら、グッとワインを飲み干した。
「魔法学という講義がある。サンテールでも隣国やフラン帝国にも戦争で活躍するほどの使い手はいない。しかし、あれはなんだ?一人で戦局をひっくり返す気じゃないか」
「わたしもまともな教育を受けたわけではないのでなんとも…」
「魔法学はそれほど重視されたものではない。ただなぞる程度に聞き流すだけだった」
エリーナとヨシローは顔を合わせてバシ・リサの本懐を推し量る。
「詠唱して発動。これが基本とされる、ヨシローは無詠唱の規格外だな。では、女帝も規格外とみていいな」
「もうひとつは詠唱維持だと思います。冒険者が基本とする方法であらかじめ詠唱をして必要時に発動。ですが、維持にも限界があるそうです。個人の魔力量によると思われます」
「どっちにしろ規格外な方ということだな」
ボールハウスではオーケストラがワルツを演奏し始めた。
(エンディングが近づいてきたな。やるか)
バシ・リサは立ち上がった。




