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代理決闘

「これは、どういうつもりでしょうか」

エリーナは微動だにしない。足元に投げつけられた手袋にも見向きもしない。


「戯れだよ。課外学習でメッサリナの知性は君に勝るものだと証明できた。では勇気の分野ではどうかなと」

エリーナはしばらく沈黙を守り

「なるほど、メッサリナ嬢は類い稀なる才女であることは認めよう。この歳で王国騎士団のトップを約束された剣技と体躯を持つシュヴァ殿も豪傑であると自他共に認めるとこでしょう。では、殿下ご自身の類い稀なるものとは何でしょうか」


(減らず口を)

「王太子殿下の器こそが類い稀なる天が与えた才能でございます」

メッサリナがまとめ上げた。


「では、メッサリナ嬢。王太子殿下に今の行為は愚行であると耳打ちしてあげてはどうかな」

エリーナは毅然としている。

「拾わないのか?」

シュヴァが捲し立てる。

「シュヴァ殿。これがどういう意味かわからないはずないでしょう。ルールを無視するおつもりか?」


 貴族の決闘。手袋を投げ、相手が拾うことにより決闘は承諾される。しかし、そこに名誉の毀損や判決の不服等の理由があって成立する行為である。

「わたしは、あなたたちの名誉毀損も不服に思うこともない。侮辱される謂れもない」


「だから戯れと言ったんだよ」

ジョンはエリーナを逃がさない。全てに勝るエリーナの毅然とした物腰の女よりも、やはり可愛らしく媚びてくるメッサリナの方がいい。


虫唾が走る。下衆い。汚い言葉が溢れてくる。エリーナはそれらの感情を抑え込むのに集中したかった。


「学内での決闘は校則で禁止されているのでは?」

「だから戯れだよ」

頭がいいのか悪いのか。エリーナはジョンの一辺倒に辟易していた。


「エリーナ様。決闘を受けるべきです」

野次馬が業を煮やし叫んだ。誰が口にしたか特定できなかったが、場の空気が決闘を望んだ。

野次馬の誰もが王族に目を掛けられたいのだ。

しかし、エリーナは微動だにしない。信念が嘲笑を断固として寄せつけない。


 エリーナの元に歩み寄る男がいた。手袋を拾い上げると

「この手袋に何の意味ががあるかは存じませんが、あなた方が恥ずべき行為をなさっているのはわかりました」

ヨシローが間に立ち塞がった。


「茶色のテイルコート。平民じゃないか」

「下がりなさい。ぶち壊しじゃない」

シュヴァとメッサリナがヨシローに噛みつく。


「誰だ。下がれ」

ジョンが平民とわかるや否や態度を大きく出た。


「アレクセーヴ公爵家の使用人でございます」

ヨシローは深々とお辞儀した。


今の今まで決闘ムードだった野次馬の垣根が、一気に静まり返った。

身分違いの決闘はご法度である。決闘の手袋は今ヨシローの手に握られている。王位だろうと爵位があろうと己の名誉を傷つける行為である。これを認めてしまえば一族の恥である。


「まったく、とんだ茶番だな」

野次馬の垣根が愚痴を漏らした。

メッサリナはシュヴァの背中をそっと叩いた。


「エリーナ嬢。それでいいのか」

シュヴァがヨシローの前まで詰め寄る。

「幕引きだ。手を引いて貰おう」

エリーナがシュヴァに視線を換えて言う。


「いいや、代理人を立てたな。こちらも相応の代理を用意しよう」

野次馬が一斉にシュヴァに歓声を送った。空気を震わせ地鳴りが生じた。


「まったく。いい道化だよ、わたしは」

エリーナは腕を組み愚痴をこれでもかというほどヨシローに聞かせた。

「すいません。手袋って決闘の意味だったんですね」

「ところで、アバラのヒビは完治したのか?ずいぶん経つはずだが」

「いえ、実は折ってます」

「ハンデだな」

「エリーナ様が課外学習のレポートをなさってる間に鍛練は怠ってませんので」

「頼もしい限りだ。誰が相手していた?」

「神様です」


 分厚い扉が開かれ、修練場に踏み入れた。ここは騎士たちの手合わせを主体とする場で、さながらコロッセオのように見立てた造りだが観覧席はない。

野次馬たちは狭い柱の影や窓の外で傍観している。


「使用人。これは決闘ではない。あくまで模擬戦である。勝敗によって誰の名誉も傷つかないことを保証する。わからなければエリーナに聞け」

建前の口上を述べたのはジョン。


滑稽な。何を今さら。と誰もがボヤく。


「武器はそれでいいのか。使用人。名乗ってもいいぞ。騎士様ごっこだ」

シュヴァが叫ぶ。


シュヴァの前には五人の男がいた。

「お前と見合う者を選んだ。安心しろ」

平民出身だろうが、皆兵役の者たちだろう。しっかり戦闘訓練は受けているのだろう。


「恥ずかしくないのか。あれ」

エリーナがヨシローに耳打ちする。

「貴族の作法を習ってませんので、それは」


ヨシローはショートソードの木剣を手にした。このくらいの長さだとしっくりくる。

「さっさと済ませろ。わたしは帰って恋愛小説の名シーン。キャーッ、ステキ。の実演練習をするんだ」

「レポートが終わってすることがそれですか?」


 ヨシローが数歩前進して足場を固めるように身構えた。腰を落とし、ゆっくり剣を構える。


シュヴァの連れてきた体格の立派な男たちが各々の武器を携え、ヨシローめがけて構える。


「模擬戦だ。一対一なはずないだろう」

ジョンの策略だ。ニヤケが止まらない。







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