メッサリナ
アレクセーヴ家に戻ってからは忙しかった。課題をまとめるため歴史書を読み漁り、史料を見直し、歴史家の専門を訪ねて意見を交わしたりと走り回った。
「私の中の愛国心にさらに磨きがかかった」
課外学習をかわぎりに司法や農学にまで研究するようになった。好奇心の塊になったエリーナは止まらない。
「素晴らしい発表内容になりますね。ところで肝試しは発表されますか?」
「神獣様より三点と評価されたからな。精度を上げて満足できるほどになるまではお預けだな」
メッサリナは目論む。
一代貴族法というのがある。わたしの親が植物学の分野で功績を上げ、男爵の位を賜わったのだ。
つまり、世襲はないので、わたしの令嬢としての地位は親の寿命次第なわけだ。
サンテール・ル・ロゼに入学が決まったとき、わたしの人生は変わった。ジョン王太子殿下にお声掛け頂いたのだ。
「メッサリナと申します」
「君の父上の植物学論文を父はたいそう褒めていたよ」
運命の歯車が外れることないようにわたしは演じた。
精密機械の時計は小さな歯車ひとつズレただけで正しく動かなくなる。
世間知らずの王太子殿下。この方にわたしの輝かしい未来が委ねられる。次期王としては心許ないマヌケだが、わたしが側で仕えることによって王国は安泰だ。いや、正妻として国を導こう。苦労も努力も知らずぬくぬくと育ってきた殿下には、優秀な相応しい者たちを用意してあげよう。わたしが殿下を導くのだ。
ひとつ邪魔する女がいる。淑女としての教養を捨て剣を振り回すゴリラ女だ。どうやら許嫁らしい。
結婚というものが愛をもって成し得るものを、このゴリラ女は家柄だけで勝ち得たのだ。世の中は理不尽でできているとつくづく思う。
だから、わたしは王太子殿下を愛情をもってお救いしよう。
「メッサリナ。まだ帰らないのかい?」
「ジョン様、シュヴァ様。はい、課外学習の件で」
ジョン王太子殿下の隣にいるのは子爵家嫡男のシュヴァ。幼い頃からの腰巾着だが剣士としては、すでに騎士団の訓練にも参加するほどで、腕前だけは将来の騎士団長を約束された男だ。
「エリーナ様がまた、ジョン様に楯突こうと画作されてるようでして。最近歴史や他の専門の教諭の方々に足繁く通っていると聞きました」
「エリーナ嬢は必死だな。俺たちの課題発表を上回るものを作ろうって魂胆か」
シュヴァの発言がメッサリナの目論見通りに火に油を注いだ。
「わたしは、ジョン様の成し遂げた偉業をより完成に近づけるために、もう少し頑張ってみます」
「メッサリナ。君というやつは」
ジョンは目を輝かせた。
ちょろい。自分でやれよ。腹わたが煮え繰り返る。愛しい笑みを浮かべてジョン王太子殿下を見つめた。
わたしにはもう一つ使命がある。父の研究を受け継ぐことだ。そして、新たな論文発表をしてサンテール王国に貢献することだ。植物学、薬草学を通じてわたしの代でも爵位を安泰させねばならない。
この国の商会や冒険者に声をかけて異国の珍しい植物の苗を購入することもある。そしてこの国の豊穣に貢献するのだ。わたしはわたしで陰ながら努力を怠らない。
サンテール・ル・ロゼ。
騒動が幕を開けた。ことの発端はやはり、課外学習の成果だった。どうして偉そうにする者たちは高い所にわざわざ立ち、理に敵わない言葉を口にするのだろうか。
いつも通り、紳士淑女のギャラリーのいる中でざわつかせる。課外学習の評価はジョン王太子殿下班に最高評価が下された。黙っていればメッサリナは才女である。
「優秀な臣下を持つ殿下が羨ましいです」
皆がお世辞で口を揃えて言う。ジョンは機嫌良く
「私は、勇気と知恵をこの歳から従えることができて将来が安心だよ」
ジョンは両側にシュヴァとメッサリナを従えて言う。
「国王祭が楽しみですね」
周りの言葉は最高の賛辞とともに国王祭に向けての布石である。
国王祭。つまり現国王の誕生祭である。少しでも国王に名前を覚えて貰うこと、王太子との関係を良好だと家名をアピールすることを生徒たち、その親たちが躍起になって利権を獲りあう。
ちやほやと騒ぎの中でジョン王太子殿下ら三人は必死にエリーナを探した。どうしてもマウントをとりたいのだ。
しかし、エリーナはここにはいない。アレクセーヴ侯爵家は王族に匹敵するほどの権力を有する。一つ抜きんでた存在だからだ。必然として国王との謁見もあるし、王太子殿下とエリーナは親公認の許嫁だ。
必死にお声掛けして王太子殿下の気をひこうとする者たちを引き連れて、王太子の団体はエリーナを探しに彷徨う。気を利かした紳士淑女の卵たちも我先にと、エリーナを探す。
そして遂にエリーナを見つけると、王太子殿下三人とエリーナを囲み、野次馬の垣根を作った。
「エリーナ。探したよ」
エリーナはため息をついて、周りの野次馬を見渡した。全員カカシのように見える。とても滑稽だ。
「これは、王太子殿下。こんなに人を連れ回して今からプロポーズでしょうか?」
軽く、淑女としてのお辞儀をして王太子殿下と視線を飛ばしあった。
群衆の中でメッサリナだけが敵意ある憎悪の目をしていた。野次馬は固唾を飲み、成り行きを見守った。




