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国母として

 空中に弧を描くように木剣が舞った。

「いい運動になったよ」

一礼をしてすっきりした顔でエリーナが言う。

手首を押さえてヨシローは膝をついていた。見事なものだ。剣先を絡めとられた途端木剣を持ってかれた。

「なかなか一本取れないですね」


「腕が上達しましたね」

セバスが喜んでいる。褒め言葉をもらって嬉しいが、痛みも頂戴しているので笑えない。


呼び方をお互いに変えることにした。

あの日から客人としてではなく使用人としてアレクセーヴ家に雇用してもらうことになった。

バトラーであるセバスチャンは執事長。ヨシローはエリーナ様付きのヴァレットが提案されたが、フットマンとして始めている。要は雑用係だ。

もちろん来客用の部屋から使用人用の住まいに引っ越した。エリーナは不服だったが特別扱いは断固拒否した。


あと、使用人としての作法は特別免除された。ヨシローのメインの仕事はエリーナの剣術相手だ。使用人としての礼儀作法を叩き込むと訓練に手ごころが入り真剣味が薄れるのが理由だそうだ。


加減されているとはいえ打たれたらものすごく痛い。他の使用人が職務を理由にやりたがらないのはこれだ。


 そして、仮の滞在許可証としてつけていたドッグタグが正式にサンテールの住人許可証として認可された。これはアレクセーヴ家に雇用されたのが大きい。

ちなみにこれを持っていれば関所や衛兵で足止めをくらってもだいたいはパスできるそうだ。パスポートの役割もある。


 今日は学校終わりにエリーナを迎えに行って市井を散策する約束をしていた。

この仕事は上級使用人の役だがヨシローに任された。

「お嬢様は美人だから、くれぐれも悪い虫がたからないように見張ってろよ」

雑用をこなすたびに先輩使用人の方々が圧をかけてくる。


 馬車で迎えにあがると、ヨシローだけ降ろされた。同乗のメイドは降りずに馬車は走り去った。

「では、行こうか」

荷物は馬車に預けていたので手ぶらで街を散策した。


洋装、雑貨、宝飾店。鍛冶屋と歩き気に入って購入したものは後日アレクセーヴ家に届けるよう指示した。


「ヨシロー君。いつまで立ってるつもりだい」

カフェのテラス席でエリーナの後ろで仁王立ちしているヨシローに少々ご不満みたいだ。

「身分が違いますゆえ」

「セバスの入れ知恵だな。私は君を友人として屋敷に住まわしたはずなんだがな」

エリーナがコンコンとテーブルを指先で叩いた。

「執事長には内緒でお願いします」

そういって、ヨシローはエリーナの前に座った。

エリーナはにっこりしてヨシローの分のお茶と菓子を注文した。


「どうかな。しばらく住んでみて」

「ここ何ヵ月かフラン製の輸入品が増えましたね」

エリーナはびっくりした。

「君のことを聞いてるんだよ」

あ。訂正して言い直そうとした。


「ヨシロー君。私はね。この国が成立した頃からのご先祖様たちの約束でね、アレクセーヴ家の娘としてサンテール王室に嫁ぐことになってるんだよ」

話の流れが変わった。ヨシローは集中して頷いた。

「生まれた時からそう教育を受けていた。私自身もそのつもりで教養を身につけてきたつもりだ。結婚相手が嫌とかではなく、私は国母になるという決意をしているのだ」

「…結婚のことは初耳でしたが、結婚相手にやや不服があるのですね」

「んー。実は結婚とか恋愛とかと遠いところを来たせいで、今一つ感情が揺さぶられないというか」

「サンテール王国の現国王の治政は非常に評判が高いと噂されております。ですが王太子殿下の評判は」


「国民はバカじゃないってことだな。しかし、国母になるという私の決意は捨ててはいない。王族は妾をたくさん抱えているというし」

「国王の愚行で国が滅びることはあると聞きました」

「そうならないために、日々研鑽している。セバスから教わったな」


「数年前、サロニエールで主賓にフラン帝国の女帝を招いたことがあって、その方の自国に対する思いや行動には憧れるものがあった。女性でも国をまとめて他国と渡り合っているんだ。簡単に真似できることではないが、私も目標はそれに準じるつもりだ」


 エリーナがなぜ優秀な人間であるのか。人一倍努力をして、勤勉で貴婦人としての教養だけでなく騎士道精神まで身につけているのは、ひとえに王太子殿下が無能だったからだ。


「私は国母になる身として、国民のために国と結婚するということなんだ」

「公爵様が聞いていたら嬉しすぎて号泣してますよ」

「父上はいかつい厳格者だ。ただ父上もこの国の安寧を望んでらっしゃる」


「話しを戻すが、ヨシロー君学校に通わないか?」

「わたしは、使用人であり平民です。貴族様の学校に通うなど、とてもじゃないですがついて行けません」


「貴族の中には、従者を連れてくる者もいる。授業は受けれないが、要するに学内での私の世話係だな。恥ずかしい話しだが、私は学内では孤立していてな。今まで全て一人でこなしてきたのだが、ヨシロー君なら従者としていいだろうと思うんだが」

「身分が違います」

「決まりだな。明日からよろしく」







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