跳ね馬
前脚を大きく上げて思い切り地面を踏み込んだ衝撃が空気を伝ってヨシローをビリビリさせた。
「どうした。聞こえなかったか?」
目の前に立ちはだかる大女は抜剣していた。下半身が馬、馬の首から上が女性の上半身をしていた。ケンタウロスというやつだ。人間の部分は服を着ていて皮の胸当てを装備している。盾も携えて場合によっては戦闘の意思もあるという構えだ。
「えっ、あの」
威圧感に負けてヨシローはカバンに手を掛けていた。思わずカバンを放り出してしまおうかとたじろいだ。
「構わんぞ。抵抗した後でも荷物はいただくからな」
よく見るとケンタウロスの身なりはかなり汚れていた。黒鹿毛の毛並も手入れがいき届かないでいるし、髪もボサボサだ。
初めての亜人との遭遇が盗賊だなんてついてない。ここは仕方なしにカバンを渡すか。一対一なら応戦してみるか。おそらく人間より亜人の方が強いのだろう。
「どうした。腰が抜けたか?」
ケンタウロスが律儀に出方を待っている。
「あの、あんまり手持ちがなくて…」
「ハハハ、かまわん」
ケンタウロスの蹄が小枝を踏み、数歩近づいてきた。
「やめましょう。トーリス」
黒鹿毛のケンタウロスの背後から、もう一人栗毛のケンタウロスが現れた。
「お嬢!」
お嬢と呼ばれた栗毛のケンタウロス。彼女も汚れた容姿で皮製の装備をしていた。
「あの、行っていいですか?」
ヨシローは立ち去ろうとした。
「先程は、不躾で失礼しました」
「謝る必要ないでしょう」
と言いつつ、トーリスは剣を納めた。
「エーリスと申します」
栗毛のケンタウロスは自らを名乗り、敵意がないことを証明するため帯剣をトーリスに預けた。
「名乗る必要もないでしょう」
トーリスは不満気にヨシローを見た。
ヨシローは状況が読めなくて困惑した。
「旅の方でしょうか?」
「はい」
「行き先をお伺いしても?」
エーリスは丁寧に話をする。
「お前も言葉遣いには気をつけろよ」
トーリスは何故か釘を刺すように言葉を挟む。
「先日まで、人間の村で暮らしてました。森を抜けると亜人たちが住まう世界だと聞いてたのですが、何処へ行けばいいやら正直わからないところです」
「迷子じゃないか」
トーリスはヨシローを見下すようにエーリスに話しかけた。
「何かの縁かもしれないですね。よろしければ、ペロポマレアまで道中をご一緒いたしませんか?」
「お嬢。この人間を連れて行くなど危険です」
雲行きが怪しくなった。
反対だ、と。ヨシローから少し離れてケンタウロスの二人が議論している。わずかだがヨシローにも内容が筒抜けなのがもどかしい。
「お前、武器も持たずに彷徨ってたみたいだが。行き先も決めずに森を抜けるなんて、変人か狂人か?」
トーリスがくってかかる。
「カバンにナイフがあります」
ヨシローなりに言葉の応戦をした。
「お互い、訳ありですから余計な詮索はナシにということで」
エーリスは強引に話をまとめようとする。
「あなたの名前を、お伺いしても?」
「いいよ!人間で」
トーリスには完全に警戒されてしまったようだ。
エーリスは、また後で。という感じでその場を繕って
「行きましょう」
なんだかんだで同行するはめになってしまったが、一人で行動するよりましであろう。
「よろしくお願いします」
名乗るべきかは迷うところだ。トーリスの顔色を伺って、おりを見て話しをしよう。
しばらく沈黙のまま、ヨシローは二人の後について歩いた。ケンタウロスと人間の歩幅ではどうしても遅れをとってしまう。何度も駆け足で距離を詰め、置いてかれないよう努めた。
「ここらで、休憩をとりましょう」
トーリスはエーリスにだけ進言したような物言いだった。ヨシローも疲れが溜まっていた。道なき道を行き、ケンタウロスのペースで歩いてきたのだ。
「おい、人間。お前はここにいろ」
「どうしました?」
トーリスは口ごたえするなとばかりに凄んできた。
「この先に泉があるのです。私たちも長いこと歩いて来たので、その」
「余計な詮索はしないはずだろ」
トーリスは厳しい。
二人が泉へ行っているあいだ、ヨシローは木陰に腰を下ろした。
大変なことになった、のか。
ぼんやり空を眺めているうちに、食べ物のことをそろそろ考えないと。と思ったりそうこうしているうちに二人が戻ってきた。
「人間。お前も体くらい拭いてきたらどうだ」
トーリスが渋々と泉がある方へ指差した。
ヨシローは一応、エーリスの頷く顔も見て泉へ向かった。顔を洗って、靴を脱いだ。足裏を揉みほぐしたあと泉に浸した。体を拭きながらこれからどうしようと考えた。
まず、二人と会話するべきなのだろう。同行することも、どこまでついていくのか。もしかしたら、今戻ったらいないなんてこともあるかもしれない。
本当に疲れた。思考が回らない。
(お腹空いた)
ヨシローは思考の整理ができないまま二人の元へ戻った。




