wayfarer
握力が戻った感覚だ。足も踏ん張りが効くし、背中の痛みもほとんどない。ヨシローはトボトボと暗い畦道を歩いていた。今夜は星が少なく見えるせいで足元が悪い。
ヘイレンのケガに効くおまじないは一種の魔法なのだろうか。きっとヘイレンも不思議な力を秘密にして持っていたのだろう。そして安易に使うことができない理由があるのだろう。
「スレナ」
道の先にいたのはスレナだった。端にあるちょうどいいくらいの岩に腰を下ろしていた。ランタンを足元に置いていて顔は少し暗がりの中にいたが、スレナだとわかった。スレナはまだ杖をついた状態だったが、しっかりとこちらを見据えていた。ヨシローはスレナに思うことがずっと胸の内にあった。その気持ちは今になってこみ上げてきそうになった。
「大変なことになったな」
スレナはゆっくりと立ち上がった。立ち上がる仕草が痛々しく思えた。
「スレナ。僕はあの時のことを許せなかった自分が許せなかったんだ。逃げてばかりで、僕は…」
スレナの表情が緩み
「いいんだ。その言葉でわたしは、たった今救われたのだから。ありがとう」
しばらく沈黙が続いたが
「ずいぶん、心許ない装備だな。わたしからは餞別は用意できなかったが…」
「あ、意外と入ってるみたい」
一応、中身は確認はしておいたのだ。少しばかりの路銀も入っていた。
「そうか…。ヨシロー君、このまま道なりに行くと王都の領域内でヨシロー君には厳しい旅になるぞ」
確かにそうだ。捕まえてもらいに行くようなものだ。どこかでやり過ごしてなんて都合よくいく訳がない。
「どうだろう。少し酷だが遠回りをして王都を避けて行くのはどうかな。厳しいことには変わりないが」
「僕は王都を知らないんだ。その先も知らない田舎者です。よければお願いします」
ヨシローは村の外といえば、近くの薬草が自生する場所や川の上流くらいまでが行動範囲である。隣の街などはこれまで行ったことがない。だいたい村の住人といえばそんなものである。
「いい心がけだ」
スレナは簡単な地図をくれた。
「ありがとう」
「道なき道を行くが、想像でしかなかったような土地がその先に広がっている。亜人たちの住む世界だ。決して敵意のある種族ではない」
「亜人?」
「大丈夫だよ。人間との交易はあるし、わたしも冒険者として共に魔獣討伐をしたこともある。どちらかと言うとヨシロー君のいた場所が人間至上主義に寄っていたんだよ」
ヨシローは不安を覚えた。ただでさえ人間関係の構築に難があるのにもかかわらず、いきなり亜人のいる土地に自分が向かうことになるとは。
「大丈夫と言ったろ。その土地でも人間はいる」
「喋りすぎたかな。ヨシロー君の無事を祈ってるよ」
スレナはそう言って村に向かって去って行った。しっかりと手を振るその後ろ姿をヨシローは目に焼き付けた。何か心の奥に刺さってたものがひとつ取れた気がした。
行かなければならない。別れは簡単なものになってしまったが背中を押された想いもある。
ヨシローはもう一度カバンの中を調べた。とりあえず武器になるのはナイフが一本。目の前に広がるうっそうとした森をこれから抜けるのだが、やはり心許ない。しかし、このカバンはよく入る。どういう構造なのかわからないが便利なものを貰ったものだ。
ランタンに火を灯し、森の中にたたずむといろんな所で影のできる部分ができる。視野が悪く目的地が明確にある訳でもない。その中で行雲流水は非常に便利だ。とりあえずは魔力が切れないうちに野宿できそうな場所までは行ってみたいものだ。
そのうちにだんだんと空がしらみ、朝靄が辺りを包み視界が少しひらけた。こんな鬱蒼とした密度の森の中を歩いているのかと驚くほどに立ちすくんでしまっていた。
振り返るとヨシローの歩いて来たはずの道はけもの道のように草が踏み倒されているはずなのに歩を進めたそばから復活するように草が上へシャキッと伸びていた。
これはまずいな。と身体を休めるに適した場所が見つからず彷徨った結果が迷子になってしまったのである。
陽が昇ってきた方角から、これまで真っ直ぐに歩いてきたのは間違いないだろう。この森林の大きさを把握できていない以上、不安しか募らない。
ヨシローはスレナからもらった地図を見た。森林を抜けると平原に出る。そこから亜人たちの領土なのだろうが、地図がおおまかすぎて自分の現在地が怪しい。
少し休憩を挟んでヨシローは歩き出した。カバンには水筒も入っていた。羊の内臓や革でできた丈夫なやつだ。本当なら村の解体屋を手伝っていた時にそのへんの革道具の加工技術も学びたかった。水筒の口からピュッと水を押しだし自分の口で空中キャッチする。
とりあえずは水の補給がいつできるかわからないから節約しながら前に進むことにした。
やがて、少しひらけた場所にたどり着いた。
「少し、休もう」
ヨシローは気を抜いて声に発した。ここまで魔獣の類いにも遭遇せず安全に来れたのだ。だいぶ歩いた。さすがに王都からの役人も、今ここにヨシローがいるだろうとは思わないだろう。
ヨシローは天を仰いだ。空がはっきりと見てとれた。少々窮屈な感覚もあったせいか解放感に満たされた。
「人間だな。持ち物をそこに出してもらおう」
ヨシローの眼前に背丈が2メートルを超える女性が現れた。




