ヘイレン
鍛冶屋の親方はキセルをコンと叩き灰を落とした。
「もういいのかい?」
親方は近くにいたおかみさんに目配せすると、おかみさんはスレナの肩を抱き椅子に座らせた。フラフラと店に顔を出すから誰もが心配する。英雄の特権だ。
親方が指差す方にスレナの防具が置いてあった。
「金具の部分がガタガタだな。損傷もひどい。剣も刃こぼれしてる。治せないことはないが新調することをお勧めするぜ」
親方は自分の坊主頭を撫でながら言った。
「…そうだな、まかせるよ」
スレナも装備を酷使してきたことは重々承知していた。
アンノウン討伐からずいぶん日が経った。毎日お祭り騒ぎの酒場や村長の家には煩わしくなるため近寄らないようにした。スレナは平穏に過ごしたかった。
冒険者たちの仮設テントもいいだろう。後回しにしたところで困ることはない。
「スレナ」
「ヘイレン。ちょうど聖堂に行くところなんだ」
運良く、道端でヘイレンに出くわした。
「買い出しかい?」
「はちみつをいただきました」
スレナはカゴに被された布をめくり
「はちみつ酒を作るのかい?」
「ご名答」
ヘイレンがにっこり笑う。
修道院の修道女たちは主に祈祷を中心に生活している。シスターであるヘイレンは診療所や孤児の面倒もこなし、外回りもヘイレンの仕事だ。村でヘイレンに出会うことはよくあるのだ。
「魔獣騒ぎも落ち着いて、スレナには本当に感謝しているのですよ」
「行く先々で言われて、お腹いっぱいだよ」
歩調をスレナに合わせて、聖堂に向かった。
「これを機に、わたしも神に仕えてみるかな?」
「歓迎しますが、結婚願望があったんじゃなかったかしら?」
「もう、いき遅れだよ。わたしはそこいらの魔獣より強いしな。男は逃げていくよ」
二人は苦笑しながら聖堂に到着した。
「では、後ほど」
ヘイレンは去っていった。
「わたしも、ずいぶん信心深くなったものだな」
痛みを堪えて、ベンチに腰を下ろした。杖を側に立てかけ、視線の先にある木彫りの像に対して祈りを捧げた。
(ふざけた態度だが、痛くて膝が曲がらないんだ。神よ気にしないでくれたまえ)
ヘイレンはおつかいを済ませたあと、手紙が届いていることを報された。
(どこからかしら?修道士様?)
修道女から手紙を受け取ると、早速中身を確かめた。
「修道女様。手紙の中身は読まれましたか?」
「いいや。急ぎかい?」
封が開いている。読まれたのだ。内容が大したことでなければ構わないが、どうしたものか。
(ヨシロー)
ヘイレンはヨシローの身を案じ何か手立てを考えなくては。と胸の内に秘めた。
夜。思い詰めたヘイレンが自室の窓から夜空を眺めていた。静かな時間が流れた。きっと隣の修道女たちも寝静まった頃だろう。ヘイレンは立ち上がり灯りも持たずにヨシローの部屋に向かった。
「入りますよ」
ヘイレンはそっとドアを開けヨシローの元に歩み寄った。ヨシローはベッドの中でじっと窓の外を眺めていた。屋根から落ちて以来ずっと寝たきりの引きこもりになっていた。屋根ではないのだが。
「ヨシロー。王都の役人がこちらに向かっています。誰かがあなたに罪を着せたのでしょう」
ヨシローは痛む身体を起こしたが、まだ思うように動けない。
「心当たりはありますか」
ヘイレンは手紙を渡した。
ヨシローは手紙を受け取りはしたが開かず、じっと手元を見つめた。ヘイレンはため息をついた。
「あなたはもっとこの世界を知るべきです。そして、差し伸べる手が届くならできることだけでいい。ほんの少し目を向け、その世界に触れてやれるだけのことをしてあげなさい。あなたの周りには辛い現実だけでなく優しさも溢れているのですから」
そう言って、ヘイレンは小さなカバンをヨシローの無力な手の上にのせた。
ヨシローは涙を流していた。言葉を噛みしめ、ただ静かに涙を落とした。
「姉さん。僕は自分が生きていて、目の前に悲しいことが起きるのが怖いんだ」
ヘイレンは静かにうなづく。
「あなたの優しさは痛いほど知ってます」
「僕は何かになりたいなんて思ってもみないんだ」
「あなたが手を差し伸べて救われたなら、あなたもその人の幸せを共にできることができるはずです」
ヘイレンはヨシローの唇に指をあて
「たいした準備はできてませんが、ヨシローのためにいつもお祈りをします」
ヨシローは目を閉じ、大粒の涙を搾り出した。もう泣いてなんかいられないのだから。数日後、いや明日には王都の役人がヨシローを捕らえにくるかもしれない。ヘイレンの想いが胸を押しつける。
「そのまま、目を閉じなさい。最後のおまじないです」
そう言ってヘイレンは温かい手でヨシローの手を握った。ヘイレンの手からこぼれる光が一瞬、ヨシローを包んだ。ゆっくりとまた闇に戻りヨシローがそっと目を開くとヘイレンは部屋から出て行った。
ヨシローは涙を拭いて支度をし、渡されたカバンを肩に掛け部屋を出た。子供達の部屋の前で
「行ってくるよ」
と小さくつぶやき、修道院の外、静かな闇の中に身を投げ出した。




