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忠義と野心

 夜、草木も寝静まる頃。

ヨシローはリシュリーと対峙していた。


「泥棒ではないですね」

「はい、ただの旅人です」

ヨシローは丸腰であることを証明した。


「こんな夜更けに何の用ですか?」

「そうですね。穏便に済ましていただきたい事案がありまして」

「ほう、アンヌのことかな?」

「エメラルドグレイスの政争ですかね?街の人は困ってます。権力争いで下手したら街が滅ぶんじゃないかとみな内心困ってます」

「他所者の貴方が首を突っ込むことですか?」

「街の人々が恐れて言えないから、他所者が矢面に立たされるんですよ」


 話し合いに進展はなかった。しかし、アンヌの名を出したことにより首飾りの件は絡んでいると確信できた。


「ミレディ」

リシュリーはランプを一つ消して、明るさを減らした。暗闇が強いところでミレディが姿をあらわした。

「はい、ここにいます」

「しくじったか?」

「いえ、首飾りの件は十中八九リシュリー様が疑われます。それだけのこと」


「上手く立ち回ってもらわないと困るな」

「私は王都より遣わされた使者です。暇ついでに暗躍を命じられても困ります。私には主がすでにいるので。勝手のいい部下に引き込まないでください」

「ふん、王都に帰るのか?」

「そうですね。面白そうだから見物はしたかったのですが。巻き込まれるのはごめんですね」

ミレディは暗闇に紛れて消えた。


「ふん、泥棒猫すら上手くできんのか」

リシュリーは闇を見つめながらほくそ笑んだ。


「あーあ、もう少し羽根を伸ばしたかったなぁ」

ミレディは首飾りを粗雑に指先で回して遊んだ。



 ネイリングは待っていた。エメラルドパレス大聖堂の屋外で街を見下ろしていた。


 王都ベリル。数々の武功を挙げたネイリングに待っていたのはエメラルドグレイスへの着任の命だった。

「なぜだ!?左遷ではないか!」

「ネイリングよ、国のため尽力してくれたことは認めよう。しかしながら、そなたの野心がこの国を脅かそうとしている」

「野心!?忠義だ!貴様ら老害こそが権力に齧り付いた蟲どもではないか!」

「頭を冷やせ。御前の前だぞ。エメラルドグレイスは自然の要塞に囲まれた平和の象徴。国内外から見ても繁栄した王都の主要な領土だ。そこを任せると言ってるのだ。政治をまなべ、国教を厚く信仰しろ。お前もいい歳だろう」

「隠居しろと言うのか。ジジイ!」


 目を閉じると王都での戦いに明け暮れた日々、栄光の凱旋、王都での失脚。色褪せることなく思い出してしまう。

ネイリングは不規則に並ぶ夜の街明かりを見ながら退屈そうに息を吐き出した。


「ネイリング将軍。反応がでました」

ネイリングの部下が報告に来た。

「待ってたぞ」

ネイリングは部下と共に何処かへ消えた。


 ネイリングは腕を組み仁王立ちしていた。目の前には鎖に繋がれた男がいた。

「どうした?」

「気を失ってるだけです」

「叩き起こせ」


鞭で叩かれた鎖の男が暴れ出した。

「確かに凶暴化しているな」

ネイリングが鎖の男の頭を鷲掴みにし瞳孔をこじ開けた。虚ろにおかしくなった瞳を確認した。

「実用化はできるか?」


部下は首を振った。

筋肉増強の副作用として一種の興奮作用が確認された。ネイリングはそこに目をつけ爆発的な体格変化と凶暴化を強めるために人体実験を人知れず繰り返していた。いわゆるバーサーカー計画だ。

見境なく暴れるバーサーカーを指揮しエメラルドグレイスの権力の掌握、王都ベリルへの侵攻。

忠義は野心へと変わっていたのだ。


「薬を増産しろ、バーサーカーを切らすことなく戦場に投入する」

「もう少し待ってください。まだ改良の余地があります」

「ふざけるな。貴様がのんびりしてたおかげで奴は枢機卿の座を手に入れたんだぞ」


ネイリングの鬼の形相が部下を黙らせた。部下はその場にひざまづき黙ってしまった。



「お久しぶりです。奥方様」

ドートリッシュで朝食を囲む中、まずアンヌが驚いた顔をして椅子をひっくり返して立ち上がった。

「ミレディ!?」

リタが反応して立ち上がった。ヨシローは行雲流水を展開。他にも伏兵がいないか反応を読むためだ。


「申し訳ありません。つい出来心で奥方様の大切なものに手を出してしまいました」

朝食の並んだテーブルに首飾りを置いた。


獣人族の猫科の顔をしたミレディが一度だけお辞儀をした。どちらかというと猫よりの灰色の艶のある顔つきだ。


アンヌは首飾りを手に取り

「間違いありません。夫から贈られたものです」

アンヌの真剣な眼差しにヨシローたちは頷いた。


「どういう風の吹きまわしですか?」

リタが剣に手をかけた。

「私は本来、王都に主を持つものです。たまたまこちらへ来て司祭にいいように使われていただけです。私には敵意はありません。だからお返ししようと思いました」


「何が狙いだったのですか?」

「んー、そうだね。王都では野心を持ちすぎた二人をよく思ってない方々がいる。潰しあってくれないかなぁなんて思ってるわけね」

ミレディは左右の指を交互に交差させ、倒れるようなジェスチャーを交えて語った。


「失脚させることに王都の利があるわけですね」

リタの問い詰めにミレディは何度も頷いた。


 ヨシローは黙ったまま静観していた。

「後ろのお兄さんはあんまり興味無さそうだね。肝が座った感じは好感が持てます。私の主にも見習って欲しいものです」

ヨシローはそれでも口を閉じていた。



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