アンヌの首飾り
「お二人は冒険者とお見受けしますが?」
アンヌはお茶を出しながら言った。アンヌの姉がさりげなくお茶菓子も用意してくれた。
「実は困っていることがありまして」
姉の計らいで店は閉店し、店内を三人だけにしてくれた。リタはヨシローの困惑した顔ばかり見ていた。
「わたくし、夫に嫁いだ時に首飾りを贈られまして。とても大事にしていましたの」
リタはアンヌの言葉に真剣に耳を傾けた。
「盗まれてしまいました」
アンヌの神妙な面持ちにヨシローは渋々話しを伺うことにした。
「最初はリシュリー司祭様が怪しいと思いました。夫ネイリングとは今水面下で熾烈な権力争いが始まろうとしています」
「話しが見えないですね」
「リタ、最後まで聞こう」
王都ベリルよりエメラルドグレイスの権力を分担して統治するよう命じられたリシュリー司祭とネイリング将軍。お互いが権力を我がものにしたいため牽制しあっている。
ネイリングを追い詰めるためアンヌに不義の疑いをかけるため、大切な首飾りを何者かに盗ませた。
アンヌが隣国の爵位のある者と密会を重ね、首飾りを贈ったという。
あらぬ噂をたて猜疑心に狩られたネイリングは
「リシュリー司祭の枢機卿への拝任式に首飾りをつけて出席しろ」
とアンヌに命じたという。
「もちろん、不義など働いておりません。密会相手もでっちあげで存在もしておりません。ただ盗まれてしまったのは事実です。リシュリー司祭様の陰謀で盗んだという証拠もありません」
「リシュリー司祭と一緒にいたのは?」
「それを確かめるためではありません。わたくしはネイリングの妻です。間を取り持つためにたまたま一緒にいただけです。これは夫も承知の上です」
エメラルドグレイスの統治者が二人いるということはそれだけで争いの種になる予感がするのだ。
お互い立場が違えどバランスが均衡することによって都市の平和、市民の安心が得られるのだ。
アンヌも嫁ぐ前は、ここドートリッシュを姉妹で営むただの娘だったのだ。政争に巻き込まれながらも健気に頑張っているのだ。
部屋に案内されたヨシローたちは、アンヌがネイリングの邸宅に戻ってしまって初めて、今の話に触れた。
「結局、わたしたち自己紹介しなかったですけど礼儀に欠けてましたよね?」
「いや、秘密裏に動いて欲しいからあえて聞かなかったんじゃないかな。僕らみたいな根無草に依頼するのが後で足がつきにくいはずだからね」
「要するに首飾りを取り返して欲しいということですよね」
「リシュリー司祭が怪しい。だがリシュリー司祭が持っているとは限らない、か…」
「情報が乏しいですね。リシュリー邸に忍び込みますか?」
「アンヌさんも見張ったほうがいいかもね」
首飾りが盗まれたと正直に言えない状況なのはわかった。ネイリングの猜疑心が正直を塗り潰すほどの激情に駆られている人物なのが想像できた。
「ところで」
ヨシローが大問題であることに気づいた。
「部屋を一つしか空けてもらってないよね」
「出会った頃は一緒に寝ようって言ってましたので、わたしは気にしませんよ」
リタは赤面するヨシローのとなりに座った。
ヨシローたちは昼間ぶらぶらと散策したりして時間を潰した。
行雲流水がアンヌを感知した。
「では、いってきます」
リタはアンヌの元へかけて行った。
「アンヌさん!」
「あら、どうしましたか?」
「えっと、さっきまで一緒に散策していたらはぐれてしまって、よければ一緒に歩いていいですか?」
「まあ、お連れ様はお探しじゃないですか?」
「夕方までにはドートリッシュに戻りますので、大丈夫です」
アンヌは日常的に街を歩いていた。
「あの、」
「何かしら」
「街の権力者のお妃さまなのに、一人で街中を歩くなんて不思議だなと思いまして」
「そうね、身分違いの結婚ですからね。邸の家臣たちからは冷遇されますわ。だから一人で出歩いても誰も咎めてこないの。夫からの指示がない限りわたくしは普段は自由に歩いてますわ」
「首飾りについてですが」
「ここでは話せないわね」
リタは急ぎすぎたかと思い反省した。
ドートリッシュ。二階、姉の部屋。
「リシュリー司祭にあたりをつけたわけは?」
「リシュリー司祭様にはミレディという暗躍してくれる部下がいます。表向きはネイリング邸宅の女給をしてました」
「それでは、堂々とスパイを招き入れたようなものじゃないですか!」
「ただ、どの女給がミレディかがわかりません。それだけ狡猾な女性でした。わたくし、邸宅の人間から冷遇されてますので女給の件を話すことも難儀しております。執事長もスパイという落ち度は絶対に隠蔽にするでしょう」
「ミレディはどこに?」
「いません。消えました。執事長も知らないと言い張ります。ですが首飾りの件以降姿を消したので間違いなく思います」
ミレディという存在にたどり着いただけでも危険な橋を渡っていたのだろう。
アンヌはミレディが接触する機会を与えるかのように毎日無防備なままで歩いていた。
「危険です。辞めましょう」
リタは真剣に言った。
「邸宅にいても、夫の猜疑心の目が光ってます。わたくしの生き延びる道は、首飾りを見つけることなのです」
「そんな…、拝任式はいつですか?」
「三日後」




