エメラルドグレイス 2
「ちょっと、お兄さん、お嬢さん。ドラゴンがどうとか物騒な話しだねえ」
店の給仕の女性が話しに割り込んできた。
「すいません。えっと、架空の、例え話しです」
ちょっと会話が弾みすぎたか。
「ははは、いいんだよ。あんたたちの窓から見えるエメラルドパレスあるだろ。あそこにさ、妹が竜殺しってのに嫁いだもんだからさ」
竜殺し。ノラが探していた人だ。
「竜殺しってのは本当ですか?」
「さあね。英雄には尾ひれ背びれつくもんさ」
そういうものかな程度で話しが落ち着いた。
「エメラルドパレスは拝観できますか?」
「もちろんさ。司祭のリシュリー様に会ってみるといいよ。いい人だよ」
リシュリー司祭の評判は高かった。街が栄え、王都の勅命によりエメラルドパレスの建造が認められた。王都に次ぐ都市の繁栄に尽力した功績により枢機卿の地位も欲しいままになっていた。
「この国は何を崇めているのですか?」
「あら、聖女信仰だよ。巡礼者だと思ったんだけどね。争いの絶えない諸国をオードという歌で統一に導き、ドラゴンでさえも手懐けた。慈愛に満ちた奇跡の人だよ」
二人は顔を見合わせた。セシリアの話しが美化されてるようだ。宗教にとっては都合のいい話しに擦り替えられている。
店を出た二人は拝観に向かった。
ヨシローはクナトのこともあって、そういうものかなと納得していた。
リタには伝承や口伝は必ずどこかで話しが盛られるものだと言ったが、あまり納得の様子ではなかった。
「塔が二つありますね。何かを象徴しているのでしょうか?」
大聖堂というより要塞も兼ね備えたような感じもする。左の塔は聖堂に相応しい荘厳な姿だが、右の塔は権力を象徴するかのような姿だ。似てるようで何か違う歪さを感じさせられた。
礼拝堂に入ると他に拝観する者もいて、厳かで神秘的な雰囲気がした。
リタは少し元気がなくなっていた。
「どうしたの?」
リタの耳は垂れ、尻尾も元気がない。
「いえ、これは…」
獣人を見つめる他人の視線が痛かった。
信仰は獣人の社会にもある。しかし、それを知らない人間は差別の目で見る。異文化は人間の文化に警鐘を鳴らすのだ。
「やっぱり、出ようか?」
「いえ、大丈夫です」
ヨシローが気を使わないようにリタは堂々と歩き出した。ヨシローも気にして聖堂の方には行かないことにした。
「聖堂と礼拝堂の違いは何ですか?」
リタにとっては不思議なことだろう。ヨシローは修道院育ちのためその辺はなんとなくわかっているつもりだ。
「主祭壇があって礼拝が主なのが聖堂で、今回は聖遺物崇敬の巡礼なんかに使う空間を礼拝堂と分けているんだ」
「聖遺物ですか?セシリアさんの持ち物でしょうか」
「それを見に行こう」
人集りを掻き分けて見た聖遺物。聖セシリアが奏でた楽器だそうだ。
「当然ですが、かなりの年代物ですね」
弦は張られてないがリュートのような楽器が大切に保管されていた。
「ホンモノでしょうか?」
「あとでセシリアに聞いてみようか」
ヨシローたちの背後から声を掛けてくる者がいた。
「もちろんホンモノですよ」
声の主はリシュリー司祭だった。隣には女性がいた。
ヨシローたちは振り返って挨拶をした。
「聖セシリアは歌に魔力をのせて数々の奇跡を起こしました。人間の魔法の歴史は浅いのですが、彼女はすでに魔法を開花させていた偉大な人物なんです」
リシュリーはガラス玉を嵌め込んだ杖を差し出した。
「聖セシリアの楽器は魔力を効率良く増幅する、いわば魔道具だったのです。私の杖もそうです。触って見てください」
リシュリーは杖のガラス玉部分を触らせようとした。
「僕は結構です」
ヨシローは拒否した。隣でリタはほんの一瞬ガラス玉に触れてしまった。思いとどまってすぐに手を引っ込めた。
リシュリーはにこやかに杖をさげた。
「どうして、司祭様のご厚意を遠慮されるのですか?」
リシュリーの隣の女性が不思議そうに質問した。
「深い意味はないです。位の高い方に簡単に触れるのは身分的に失礼にあたると思っただけです」
「ははは、構わんよ。君は何処かの貴族に仕えた経験があるのかな?なかなか思慮深いな」
リシュリーは気を悪くはしてなかった。
「失礼しました。わたくし、ネイリングの妻のアンヌと申します」
アンヌは丁寧にお辞儀した。
「ははは、アンヌはとても聡明でね、竜殺しと謳われる英雄ネイリング将軍の奥さんなんだよ」
「あっ、先ほどドートリッシュでサンドイッチをいただきました。美味しかったです」
リタが発言した。
「あら、嬉しいわ。実家に寄って下さるなんて」
「私もドートリッシュのサンドイッチは好きだよ」
リシュリーも答えた。
エメラルドパレスを出たヨシローたちをアンヌが呼び止めた。
「先程はどうも」
「こちらこそ」
二人を呼び止めたアンヌは笑顔で近づいて来た。
「少しお話しよろしいかしら?」
アンヌの誘いに二人は頷いた。
「お茶をご馳走します。ついて来てもらえますか」
二人は再びドートリッシュへ向かうことになった。
「お二人は宿はもうお決まりですか?」
ヨシローは首を振った。
「でしたらそちらもお世話させていただきますが、どうでしょう?」
リタはヨシローの顔色を伺った。ヨシローは返事に困っていた。




