エメラルドグレイス 1
翌朝、少し霧がかった四阿でヨシローは正座していた。
「天使か?堕天使か?なんで起こしてくれないんだ。旦那さまのそういうところ、嫌いじゃないけど。あたしの有り余った体力をどうしてくれんだよ」
ノラは戦意を剥き出しにしてシャドーボクシングをした。
「ヨシロー様。生命に関わる局面なのでわたしをおそばに置いてくださらないと困ります。その傷を見てるだけでリタは悲しくなります」
リタは静かに怒っていた。
ヨシローはケルンとのやりとりがあった場所で倒れていた。血を流した跡があったが傷口は塞がり正常に息もしていた。
セシリアが早朝、二人を起こし今に至る。
「ヨシローさんの試練だったので、黙って行かせました。お二人が心配するのはわかっていたのですが、ケルンという方もヨシローさんと二人で話したかったみたいなので…」
セシリアがことの成り行きを見守っていたことを白状した。
魂に打たれた楔の跡をヨシローはさすりながら、これで解決したかな。と安堵の気持ちになった。
だが、怒りを露わにしている目の前の問題が浮上した。
エメラルドグレイス。
大聖堂エメラルドパレスは遠くから見てもその荘厳な姿と大きさから絶大な権力を象徴していた。
特徴的なのは対となる二つの塔がそびえていることだ。
「遠いクナトの地が壊滅したそうだ」
「自然災害です仕方ありません」
「宗教が金儲けに走った結果ではないのか?」
「なんの因果関係がありますのやら」
「タヌキめ。宗教が力を持つと碌なことがない」
大広間から出て来た軍人がマントをひるがえし出てきた。大柄で鍛え抜かれた身体と戦いの中を生き抜いてきた表情。野心に溢れた眼光を持っていた。
「ネイリング将軍。いかがなさいます?」
「なんの問題もない。作戦は実行する」
大広間を出て行ったネイリングを他所に、司祭は呟いた。
「やれやれ、王都の偉い方々はあのような野心剥き出しの輩の手綱を握れとな。あれは品が無さすぎる。このエメラルドパレスの一塔を任せるには荷が重過ぎるな。早々に退場してもらいましょう」
「王都からの勅命で来た竜殺しの異名を持つ将軍ですがよろしいので?」
「違うな。王都で力を持ちすぎたがために左遷させられた田舎者だよ。あれは」
リシュリー司祭はニコニコと不敵な笑みを浮かべていた。
エメラルドグレイスは白を基調とした街並みだ。自然の地形に守られながらも交易は頻繁に栄えており豊かな暮らしを約束されている。
「ヨシロー様。ずいぶんなものを買いましたね」
台車を押しながら街の外に向かっていた。
荷台には酒樽が三つ。少し上等なのを載せていた。
「ドワーフのみんなにはお世話になったからね。これくらい返さないと気が済まないんだよ」
(ヨシロー様はここぞというときにおもいっきり散財しますね。今後気をつけたほうがいいのでしょうか?)
リタは少し悩んでみた。
「スクナさんはお酒飲んでないしね。きっと飲みたかったと思うんだ。あとノラも飲みたがってたような」
ヨシローは街の外で待ってるノラの元に持って行く予定だ。ノラは強力すぎる魔力が漏れてしまい街中に被害を及ぼしかねないので別行動することになった。
「スクナさんは確かにお礼は必要なのは理解できますが、ノラは…」
「ノラにはドワーフのところに運んでもらうんだ。ドラゴンの魔力が平和な街に畏怖をもたらしたらまずいからね。混乱は免れたいからこれはお留守番代だ」
ノラの分もあるよと伝えて酒樽を渡した。ノラは喜んで台車ごと掴んで飛んで行った。
エメラルドグレイスの城下町は活気に満ち溢れていた。
「人混みに入ると喧騒が凄いですね」
リタは獣人の聴力があるため聞き分けることもできるが、ヨシローはノイズが邪魔して聞き取るのに一苦労した。
「とりあえず、ここを抜けよう」
ヨシローはリタの手を引いて大通りを抜けた。リタは少し顔が赤く染まっていた。
「どうしたの?」
「いえ、人混みの熱気にやられまして…」
そうか。とヨシローはリタの手を握ってる手を離して、その指である建物を指差した。
「腹ごしらえをしよう。換金所で聞いたんだ」
指の先に、ドートリッシュという看板が見えた。
「どういう意味ですか?」
リタは人の名前のような店の名前に気づいた。
「この国の将軍の奥さんの名前らしいよ。行ってみよう」
店内はどちらかというと、外の喧騒に比べ静かで落ち着いていた。
窓際のテーブルからエメラルドパレスが見える好立地だった。
二人の前に出されたのはサンドイッチ。
「手づかみで食べれるとこが凄いんだよ」
ヨシローのおすすめだ。
「味がごちゃ混ぜにならないですか?」
確かに食べやすそうだし、味にうるさい訳でもなかった。ヨシローは美味しそうに食べていた。
肉も野菜も何かのソースもパンで挟んでいる。
「これは!全て一緒に食べて完成される食感と味ですね。驚きました」
リタの驚嘆のコメントにヨシローは満足していた。
「そういえば、新しい剣でノラと手合わせしたんだって?」
「手合わせというほどもないですよ。指先で弾かれて終わりました。ドラゴンに勝つ人がこの世にいるのでしょうか?」
「僕でもムリだよ。ノラが気のいいやつでよかったよ」
「わたしはノラさんと呼んだほうがいいのでしょうか」




