聖女とドラゴン 3
「美味しく頂きました。どなたか存じませんがありがとうございます」
彼女は笑顔でお礼を述べた。三人が言葉を失って見ているのをみて
「ええと、セシリアと申します」
ぎこちなく自己紹介を済ませた。
「いつからいました?全然気づかなかったです」
ヨシローが言うと二人は頷いた。
「セシリア。聖セシリアと同じ名だな」
ノラは言った。
「わたくし、ずっとここにいました」
セシリアはニコッとお辞儀した。
ノラはセシリアをじっと見た。
「そうか。旦那さま、この人が聖女セシリアだ。なんていうか、彼女は地縛霊だよ」
ノラははセシリアの中の聖なる力を感じ取った。
「聖女って実話だったんですか?伝説とかお伽話なら作り話の可能性も考えてたのですが」
リタが話し半分で聞き流していたことを後悔した。
「わたくしが聖女だなんておこがましい」
セシリアは恥ずかしがって赤面していた。
はるか昔の話。この地方を巡る戦争があった。資源は乏しいが切り立った山に囲まれた唯一の流通経路として領地の奪い合いが絶えなかった。
セシリアはこの地を旅していた。楽器を奏で歌を歌い諸国を回る。その日暮らしの旅人だった。
頌歌を歌い、自然を人を神を賛美する荘厳な歌は、気の向くままに時には抒情詩を口ずさんでいた。
セシリアは気が向けば、戦場跡に立ち寄り負傷した敗残兵を前に歌い、生きる場所を失った人の元で歌いながら雨風を防ぐくらいの小屋を建てるのを手伝い去って行った。不思議なことは歌を聴いた敗残兵の致命傷も生きる場所を失った人たちも、のちに生き残っていたことだ。
奇跡の歌をうたうセシリアの噂は戦場を駆け巡り、王都まで届いた。
セシリアは捕らえられた。戦場をかき乱す罪として王のために奇跡の歌をうたうよう命じられた。
セシリアは断った。
「わたくしは気が向かなければ歌わない。お前にはその価値がない」
王は激怒した。王はセシリアを処刑すると命じた。
激怒したのは敵国の王。セシリアを自国に引き入れるべく兵をあげた。
同じく、セシリアの奇跡の歌により敵味方分け隔てなく命を救われ故国に帰ることができた兵たち、土地の先住民がセシリアの奇跡の歌を一国が独占すべきではないと武器を手に取った。
奇跡の歌は誰のものでもない。セシリアのものだ。諸外国がセシリアの解放を迫った。
セシリアを自国に幽閉していた王は、セシリアを脅迫した。
「お前は死ぬ。しかし機会を与えよう。余のためだけに奇跡の歌はうたうと宣誓しろ。お前がどんな怪我でも病気でもたちまち治すという奇跡、マユツバものであるが周りが騒ぎ過ぎておる。騒ぎを鎮火するためにお前は余に命を捧げて支えると宣言するのだ。お前のせいで隣国やしもじもの民が浮き足だって騒いでおる。お前のつまらん命は、余が握っておる」
「お前にはわたくしのオードは心に届かない。豚と真珠の例えがあったが、まさにそれだ」
オードとはセシリアの奇跡の歌のことだ。
王はセシリアを斬首の刑に処した。
屈強な男が大剣でセシリアの首を両断した。
のちの記録では大剣を三度振ったとある。
実際は男が代わる代わる大剣で斬り伏せようと試みた。斧に持ち替え何度もセシリアの首に振り落とした。斬首の報は瞬く間に広まった。
世界が混乱状態になった。戦争が起き、国や人が滅ぶまでに時間はかからなかった。
セシリアは眼下に滅びゆく光景を目の当たりにした。
セシリアは歌った。空から光の柱が何本も大地に降り注ぐのを戦場にいた誰もが目にした。
セシリアは歌い終わると崖から身を投げた。
伝説ではセシリアの首に刃は通らず、戦争の混乱に乗じて崖まで自力で歩いたという。
セシリアの死後、この地では戦争が起きなくなった。荒廃した土地が長い年月をかけて、森が復活し緑が戻り、自然と人が住むようになったという。
ある日、一匹のドラゴンが異様な力に誘われて空を飛んでいたそうだ。その黒く巨大なドラゴンは一度旋回しただけで人の住む場所には近づかず去っていったという。
「幽霊。足がありますね。ヤマメも食べてましたし」
リタは透けていないセシリアを見て不思議に思った。
「どうやって死んだかは覚えてないのですが、ここでわたくしは確かに命を落としました。ですがこの風景もあの先に見える都もあの頃にはありませんでした」
ノラは霊感ではなく魔力が高いから三人ともセシリアを見ることができるのだろうと確信した。
「不思議な縁だな。黒いドラゴンは、多分あたしのばあちゃんだ」
「旦那さま、セシリアも仲間にしよう」
「えっ?」
ノラの突拍子もない提案に二人は驚いた。
「わたくし地縛霊ですから同行はできませんよ」
「しまったぁ。そうだったぁ。旅の道中、歌ってくれたら楽しいと思ったんだけどなぁ」
ノラは残念がった。
「ノラ。あなたもですよ」
リタが再度ノラに忠告した。ノラはヨシローをちらっと見た。
「ノラのドラゴンの畏怖っていうか魔力はダダ漏れしてるからね。街に入れないよ。街の人たちが卒倒するだろうね」
ヨシローはなだめるように言った。
「魔力コントロールって難しいんだよ」
ノラは残念がった。
ヨシローたちの旅は町から町へ人の住まうところを繋ぐような旅である。ノラには厳しい問題だ。
「確か廃石島でドワーフと話しをしたんだよね。人型のまま一緒に行かないか?炭坑も見れるよ。それで手を打ってくれないかな」
ノラは何度も頷いた。嬉しそうだ。




