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赤く燃える夜 2

 イノシシは熊のように大きく、凶暴な目をしていた。ずた袋の中からウリ坊を引き摺り出し捕食していた。

野生のイノシシも子殺しはするし、それを捕食するという。

この魔獣は餌であるウリ坊を取り上げられさらに匂い袋でブロッセルまで誘き寄せられたのだ。

怒りで狂ってしまっている。


「コーラさん。貴女のおかげでテレーズさんたちは無事です。すぐ戻ります」

副木を当て結び目を絞めた。

きゅん。コーラはヨシローの言葉と背中に乙女の気持ちになっていた。


 イノシシの猛進に怯まずヨシローは耐えた。背後にはコーラがいる。

「みかがみ」

水の魔法盾は動じない。



 燃えるメゾン・クローズ邸内。黒煙の中でリアーヌは逃げ場を失っていた。

「どなたの差し金でしょうか?」

リアーヌは肩を刃が掠め押さえていた。


「内緒だ。お前ら娼婦がいなくなればいいと思っている輩はごまんといる。そういった奴らの総意だ」

黒覆面の男は二刀流でナイフを鮮やかに扱った。

「困りますわ。わたしたち懸命に生きていますのに」

リアーヌは後退りながら言った。


「これだけ火が回ってるんだ。逃げ場はないだろう。娼婦が一人死ねばパワーバランスがどういう風になるか察しがつくだろう」

「さあ、貴族階級の方々とは住む世界も矜持も違いますので。政治的なこともわかりかねます」

リアーヌも逃げ場がなくなりつつあることはわかっていた。


「お前が犠牲になればみえてくるだろう。お前は死ぬがな」

黒覆面は斬りかかってきた。かろうじてリアーヌは捌くことができた。

「なんだ。腰が引けてるぞ。震えてるじゃないか。まるで素人だな」

「暗殺者さんに迫られてますもの。当然ですわ」

リアーヌは恐怖心と戦っていた。トラウマのように戦うことに拒絶反応を示した。


 黒覆面は連続して斬りかかってきた。リアーヌは一撃目は捌くが二撃目には恐怖心に負けて出遅れてしまって負傷してしまう。深手は避けるが反撃はできないでいた。


「受け身だな。剣を捨てた女のようだが」

黒覆面が見透かすようにリアーヌに斬りかかる。

「ベッドの上では攻めもできましたのに」

リアーヌはまだ恐怖心に打ち勝てていない。焦りが剣先を鈍らす。


「減らず口を」

黒覆面のひと突きがリアーヌを貫こうとしたがナイフは叩き落とされた。

「マリアベルさんはご無事ですか?」

リアーヌの前に立つのはリタだった。


こんな小さな女の子の背中にリアーヌは期待を寄せてしまった。大丈夫とだけ呟いた。

剣の鞘で叩き落とされた腕は痛みを覚えたが、黒覆面はたじろかない。

抜剣したリタは構える。

獣人の子。マリアベルが言っていた勇敢な子だ。


「なんだ。それでいいのか?」

黒覆面はリタの折れた剣を見て嘲笑した。

「大切な剣です。わたしの命をここまで繋いでくれました。目的を果たすまでは最期まで抗ってみせます」


「では、今日が最期だな」

黒覆面が動くより早くリタが動いた。

「回天」

リタの電光石火の刺突が黒覆面を吹き飛ばした。


「ぐうっ、がっ」

黒覆面のアバラを粉砕した。呻き声に似た痛みを吐露させた。

「ぐっ、それは刺突の技だな。残念ながらその剣では貫くことはできないぞ」

剣先が無いのとリーチが短くなった分威力がのらない。


 思ったほど火のまわりが遅い。そういう構造の建物か、と黒覆面は焦りはじめた。喋り過ぎた。

リタはこの剣では一撃必殺は無理だとわかっていた。手入れもせずに酷使してきたのだ。ただ何度でも打開するまでは戦う決意だ。


リタの猛攻は黒覆面を防戦一方にするまで追い込んだ。

「くそっ、くそっ。ガキが」

黒覆面が反撃できず苛立ちを覚えた。まともに受け止めるにはやや厄介な技だが仕方ない。一撃もらってやる。が、ガキの首は獲ってやる。


「回天!」

リタの愚直な一撃が黒覆面の心臓を捉えた。

「バカが、クソガキ。それしか芸がないのか」

黒覆面はリタの折れて短くなった剣のリーチ分を計算せずに刺突してくる癖を見抜き、わざと攻撃をギリギリで受け止めた。黒覆面は致命傷に至らず。


「頑張ったな、クソガキ。その首は刎ねてやる」

黒覆面はナイフを振りかざした。

「あばよ」


鋭く一点を貫く静かな刺突が黒覆面の喉元を貫いた。

黒覆面は断末魔の声もたてず倒れた。


リタは自分の頭の上を通る剣筋を辿った。後ろにはリアーヌが剣をしっかり握り締め鬼の形相で決着をつけてくれた。

「こんな可愛いい女の子が頑張ってくれてるのに、大人のわたしが勇気を振り絞らないなんて有り得ないだろ?」

リアーヌは剣を納め、リタに微笑んだ。


「ありがとう。小さな勇敢な子。とりあえずここを出ようか。避難通路があるんだ」

少し砕けた言い方をしているがリアーヌの優しさがこもっていた。


 燃え盛るメゾン・クローズはブロッセルの町人の見せ物のように人だかっていた。

幸い、燃え移るように区画が隣接した建物はなかったためメゾン・クローズだけが全焼していた。


「あーん。マリアベルー。マダムー」

泣きながらコーラが戻って来た。コーラを背負ったヨシローがみんなと合流した。


「コーラ、心配したわ」

「あんたの捨て身の勇気がみんなを救ったんだよ」

各々にコーラに寄り添いながら労った。


「すごいのよ!熊よりもデカいイノシシをアチャーオチャーってやっつけてくれたの」

コーラの意味不明なヨシローの活躍を身振り手振りで教えてくれた。

マリアベルが黙って痛みを我慢してるだろうコーラを優しく抱きしめた。

 



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