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赤く燃える夜 1

「リタさん。そろそろ引き上げましょう。大変助かりました」

女給の声にリタは手を止めて返事した。

草むしり、剪定、女給の朝の下仕事を手伝い、頭を下げて屋敷を出て行った。


 商館に出向いて、求人を調べた。リタは手持ちがない。ブロッセルに入るために支払った通行料は足りなかった。どうにか工面するということで通行は許可されたが、これは娼婦になるということらしい。その暗喩を知らずにリタは町に滞在してしまったのだ。


 狩りの仕事があればいいのだが報酬が少ないうえに効率が悪い。オドオドとしながら食堂の裏手の戸を叩いた。

「あの、商館の求人を見て来ました」

恰幅のいい男がその図体に合わない小さな白エプロンをして、リタをじっと見た。

子綺麗にしてるがボロボロな姿を確認した。

「皿洗いだ。できるな?」

リタは二つ返事ですぐに仕事に従事した。


「大丈夫かい?ずいぶんケガしてるじゃないか。表で給仕出来る子が欲しかったんだけどね」

女将が呆れた口調で言った。

「求人なんて誰も来ねえから、まだマシだろ?」


夜中、リタはヘトヘトになるまでこき使われた。

ブロッセルに到着するまでは、それだけが目標だった。そして今はどうすればいいのかわからない。当てもなく傭兵にでもなろうという考えも脳裏をかすめた。

今はただ窓の外を見ながら、ぼんやりとただ星を見つめていた。



「ヨシローさん。危険が迫ってます。お願いできますか?」

アグネスが静かに呟いた。

「あの鹿みたいなやつですか?」

ヨシローは闇に紛れて鹿のように見えるものを見据えた。襲ってくる気配はない。鹿であれば音を立てれば逃げてくれるだろうと思っていた。しかし、神々しいその佇まいが魔獣ではないが、神秘的な雰囲気を醸し出しているのは確かだった。

鹿は微動だにせず二人を見ていた。


「ブロッセルが危険です。悲しみと怒りが渦巻いてます」

アグネスの小刻みに震える姿を見て

「予言ですね。一人で大丈夫ですね」

ヨシローの言葉にアグネスは頷いた。ヨシローは町に向かって走った。


 ブロッセルは赤く燃えていた。

メゾン・クローズの方角だ。災いは大きく降りかかってきた。

逃げ惑う町の人々。それらをかき分けてヨシローはメゾン・クローズを目指した。


「ヨシロー!」

テレーズの声がした。メゾン・クローズの使用人たちと共に避難はできたみたいだ。

「みなさん、無事ですか?」


「ヨシローさん、行って!コーラが」

マリアベルの声と指差す方へヨシローが行雲流水を展開した。テレーズがこっちは大丈夫と頷くとヨシローは燃え盛るメゾン・クローズとは逆方向に走った。


 燃え盛る前のメゾン・クローズの時まで時間は遡る。

最初に異変を感じたのはマリアベルだった。途中まで書き留めたペンを置いて、羽織りを一枚肩に掛け部屋を出た。異変を感じる方へ赴くと窓を突き破って血まみれのずた袋が放り込まれた。

「マリアベル、触っちゃダメ!」

次に異変を察知したのはコーラだった。


「マリアベルはマダムに報告してみんなで逃げて!」

コーラはずた袋を抱えて外に飛び出した。


「リアーヌ、大変!」

マリアベルがリアーヌを見つけた。

リアーヌと他の娼婦も使用人たちも慌てて駆け回っていた。

メゾン・クローズの天井を黒い煙が覆い尽くそうとしていた。


「全員、命だけ持って外へ避難しな。命より貴重なもんなんてないんだよ!」

テレーズの号令にみんなドレスも宝飾品も手放して屋敷を出た。


「わたしはしんがりを務める」

リアーヌが震える手で剣を握った。


「出火元はどこだい。放火魔だね、これは」

みるみるうちに燃えひろがるメゾン・クローズを眺めてテレーズは言った。

「コーラが怪しい袋を持って出て行きました」

「どういうことだい?」

マリアベルの言葉にテレーズは反応した。


 コーラはずた袋を魔獣寄せの匂い袋と言っていた。屋敷に魔獣が放たれると暴れて屋敷が潰れ、死傷者が出ることを危惧して、ずだ袋を一人抱えて別行動に走ったということを伝えた。

「コーラ…」

テレーズはコーラの無事を案じた。



 ぼんやりしていたリタが、次第に夜空が赤く染まるのに気づいた。

(あれは?マリアベルさんの屋敷から?)

リタは危険な予感を感じとり、急いでメゾン・クローズへ走った。

人混みの中を赤く染まる中一番赤く燃える中心に向かって急いだ。



「コーラ!」

ヨシローがコーラに追いついた。というより倒れているコーラに辿り着いた。コーラを抱き起こした。

「あーん、ヨシローさん。わたし頑張りましたー」

コーラは元気よく抱きついてきた。

「コーラさん、しがみつかれると動けない」

ヨシローはコーラの無事を確認すると突き放そうとした。


今、二人の目の前には気性の荒ぶったイノシシのような魔獣がずた袋を荒々しく喰い破っていた。


「ヨシローさん。わたし山育ちなんで獣避けの匂い袋なんかも作ってたんです。だから罠用の獣寄せの匂い袋も知ってます。あれは間違いないです。魔獣寄せの匂い袋です」

コーラは指差して、魔獣がブロッセルに引き寄せられた原因を指摘した。

指差した腕がぷらんと折れない方向に折れた。骨折だ。コーラは何度も突き飛ばされていたため顔にもケガをしていた。服の汚れ具合から身体にもアザやアバラの骨折をしてるかもしれない。



 

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