精霊に愛を込めて
「ほれ。畑で採れた茶じゃ」
差し出されたのは、今世では初めて見る湯呑み。
お茶は緑茶。
「ありがとう。…うん。芯から温まるよ」
美味しい。余計な雑味がなく、森の恵みを感じる旨み。
エルフのお家は人のそれと変わらないけど、少しだけ天井が低かった。
湯呑みもまた僕が片手で覆い隠せるくらいには小さい。
ま、僕が大きいだけかもしれないけれど。
「それで?迷い人よ。お主はどこから来たのじゃ?」
「迷い人?僕は迷子じゃないよ。旅をしているんだ。人を探すね」
何処からって、アルバート王国って伝えても分かるのかな?
「阿呆。ここではない別の世界から来たのであろう?」
僕は目を見開いて驚く。
そこまでわかるものなのか?
この人は一体……
「…そうだよ。地球っていう星から来た。といっても、侵略者じゃないからね?
向こうで死んで、向こうの神様みたいなお方にこの世界で転生させて貰ったんだ」
馬鹿正直。
でも、嘘は意味なさそうだから。
「ほう。転生…これまでにも何人かいたのう」
「え!?他にもいるの!?」
まさか、ラヴ?
「いた、じゃな。最後に会ったのはもう何百年前か。
それよりも、アテのない旅なのじゃろう?」
「そう…。うん。探し人は僕と同じ転生者なんだ。目的はあってもアテはないよ」
探し物はあれど、アテはない。
でも。それは僕だけじゃないんだ。
ラヴも同じ。
多分、ラヴも僕を探している。
今世では待つだけの犬ではいられないのだから。
だから我慢できるし、寂しくもない。
「では、儂の手伝いをするのじゃ」
「何が『では』なのかわかんないんだけど…」
確かにアテはないけど、僕たち人間は君と違って時間があまりないんだよ?
「儂はとあるモノを作っておる。その素材集めを手伝って欲しい。
何。報酬は望むものを与えよう」
「…望むもの?」
このエルフは何を言っているんだ?
僕の望みは知っているだろうに。
「そうじゃ。手伝ってくれたのなら、探し人に会わせてやろう」
その言葉を聞き、僕のオーラが家を包み込んだ。
「ラヴに…何をした」
「何も?それより、部屋が散らかる。そのチンケなオーラをしまうのじゃ」
ラヴに会わせるだと?
何処にいるんだ?
それより、何故このエルフが知っているんだ?
僕は珍しく混乱する。
「儂はお主の探し人が誰なのか知らぬ。じゃが、会わせてやることはできる。
手伝えばな」
「…つまり、今は何処にいるのかもわからない?」
「そうじゃ。儂は神ではないからのう」
なんだ……ラヴは無事なんだね。
「わかった。手伝うよ」
「何じゃ?疑わんのか?」
そうはいってもだね。
「だって、余りにも次元が違うんだもん。信じるというより、仕方ないかっていう諦めだね」
「お主も中々に規格外ではあるのじゃぞ?それをわかっておるのか?」
「オーラの質でしょ?わかっているつもりだよ。
それより!絶対約束は守ってね!嘘ついたらこの上台地を吹き飛ばすから!」
僕は決して、このエルフに敵わない。
でも、この上台地を壊すくらいのことは出来る。
「安心せい。報酬はもう払っておる」
「…?どういう意味?」
「お主の探し人は、いずれここへやって来る。
そういう未来なのじゃ」
え。
「ラヴが来るの?ここへ?」
「名前は知らぬ。じゃが、お主に泣きながら抱きつく二人の姿がある。らしい」
「らしい…?どういうこと?」
なんだ?よくわかんなくなってきた。
「儂はエルフではない。ハイエルフと呼ばれる、似ているようで全く別の存在なのじゃ。
その最大の特徴は、精霊を見て話すことができるところにある。
儂の愛する精霊が、教えてくれたのじゃ。
お主を探してここまで来た三人組。
その内二人がお主に抱きついて涙を流していると」
「…ハイエルフ、精霊、二人?三人組?…ちょっと整理させて?」
ハイエルフ。
それはエルフの始祖であったり、又は上位の存在としてフィクションの世界では有名な人型の生き物。
それはいい。
次の精霊。
エルフが使う精霊魔法に関係する存在っぽいことくらいは知っているけど、この世界に魔法はないはず。
つまり、オーラとは別の力があるのか。
それが精霊で、それを見たり話したり出来るのはハイエルフだけ。
そして目の前のハイエルフは、僕には見えないし感じられないけど恐らく目の前にいるであろう精霊を愛している。
その精霊が未知なる能力を使って未来を見ると、僕へ泣きながら抱きつく二人の姿がある、と。
そのどちらかがラヴ?
というか、二人?
三人組って?
あ。それはラヴの旅仲間か何かかな?
「理解は出来ないけど、納得はしておくね。それで?僕は何をしたらいいんだい?」
生き物としての次元が違うんだ。理解出来るはずもない。
同じ次元で生きる人同士でも分かり合えないことが多々あるしね。
「それを説明する。こっちへ」
「わかった」
何やら説明するには場所を移動しなくちゃならないらしい。
変わらず小さな背を追いかけ、家の裏へと向かう。
「この建物は?」
目の前には先程の家よりもさらに小さな一人用のログハウスみたいな建物が。
「製造工場じゃ」
「何を作っているんだろう?」
普通のログハウスに見える。
窓もないし、入り口も一つだけっぽいから倉庫にも見える。
「入れ物じゃ」
「入れ物…?」
「口で説明するのは難しい。入るのじゃ」
入れ物?説明が難しい?
…いやな流れを感じるよ。
ガチャ
「うっ…」
臭っ!?なんだ?この鼻をつく悪臭は。
「見てみよ。これが入れ物じゃ」
「えっ…これって…」
そこには、人型の何かが。
臭いの発生源はそこではなく、周りに置いてあるバケツから。
「儂の愛する精霊を入れる、入れ物じゃ」
「これは…もしかして、継ぎ接ぎ?」
「そうじゃ。様々な素材で作った人型の入れ物。まだまだ完成には程遠いが、このタイプはもう直完成する」
このタイプ?
「幾つも作ってるのかな?」
「そうじゃ。儂の愛するモノを入れる器じゃぞ?試行錯誤はあって当たり前。ただ入れるだけでは申し訳ないからのう」
つまり、機構としては既に完成しているけど、目指すものには届いていない……職人かな?
「材料って、まさか人じゃないよね?」
「阿呆。儂の精霊を入れるのじゃ。人などという汚く不完全な生き物を素材に使うはずもなかろうが」
それならいい。
価値観が違うのは仕方ないけど、無意味な人殺しをするつもりはないからね。
「この器の殆どが魔獣などの自然由来のもの。見た目は人であるように加工したに過ぎん」
「君が見えてる精霊さんに似せてるのかな?」
「君はやめい。儂の名はヒューリー。そう呼べ、迷い人よ」
そういえば、自己紹介がまだだったね。
「僕はジン。そう呼んでね、ヒューリー」
「ジン…精霊語で『旅人』か」
何それ?かっこいいじゃん……
「見た目の話じゃったな。精霊に姿はない。それでも、心の目で見れば彼女の美しさは十分に想像出来る」
「えっと…つまり、ヒューリーの想像ってことだね?」
「そうなる」
じゃあ僕に手伝えるのは本当に素材集めだけだろうね。
「彼女の名前を聞いても?」
「少し待て。勝手なことはしたくないのでな」
本当に好きなんだね。
触れられず姿形を持たない相手でも、ここまで気を使えるなんて。
それって素敵なことだよね。
「『・・・・』了解を得たのじゃ。彼女の名は大精霊『エスエル』」
「素敵な名前だね。まるで天使みたいだよ」
ミカエルとか〜エルって、天使に付けられている名前っぽいよね。
この世界でどうかは知らないけれど。
「うむ。やはりジンはいい若者だのう。オーラを見れば一目瞭然ではあるがのう」
「どうだろうね…前世は大人だったし、僕は人に褒められるような生き方は出来ていないよ」
今世の僕もそうだ。
前世の知識を使い、したことといえば自分のことばかり。
でも、それで良いと思うのが僕なんだ。
誰かに褒められるような人間じゃないのは、前世を含めても同じ。
かといって、馬鹿にされる謂れはないのだけどね。
「話は戻るが、ジンには改めて頼みたい。エスエルの身体作りに協力して欲しい」
ヒューリーが真剣な眼差しで見つめてくる。
僕にどれだけのことが出来るのかは不明だけれど、報酬は格別。
「勿論。よろしくね」
手を差し出し、固い握手を交わす。
断る選択なんてあるはずがないよね?




