仙人と噂される者
「海からは大分離れちゃったね」
剣の里を出た後、向かったのは南東。
そのまま海を目指して南へ降っても良かったのだけれど、旅人から面白そうな話を聞いちゃったからね。
お陰で海からは離れてしまい、次に海が見れるのは何ヶ月先になるだろうか。
「それでも、この森を抜けた先には…」
旅人から聞いた話が嘘じゃないなら、前世では見たこともないような絶景が。
「よーし。このままだと野宿になっちゃうからね。頑張って走ろうかな」
それもトレーニング。
はて?何のだろう……まあ、いいか。
健康的で悪いことなんてないから。
「わあ…凄いね…」
語彙力がどこかに行ってしまったよ。
それくらい僕は感動を覚えてしまった。
「あそこから煙があがっているね」
森を抜けるとそこは切り立った崖。
崖の下にはそこそこの街が広がっているけど、僕が感動している景色はその先。
エアーズロック…とは少し違う。
赤茶けた大きな岩の上に、緑豊かな上台地が広がっていた。
「人が登って…はいなさそうだね」
人が上にいるのであれば、外敵のいない上台地は楽園として街が切り拓かれていないとおかしい。
つまり、上台地には既に人にとっての外敵が住んでいるのか、又は単純に登れないかの二択。
「前者はないかな。外敵の下に安心して暮らせるとも思えないからね」
上台地は神代の時代からそのままなんだ。
きっとそう。誰の手もつかず、誰の侵入も拒んだ上台地。
「浪漫の塊だね…」
僕は浮ついた気持ちを隠すことなく、本日の宿を探す為に、崖から降りる手段を探した。
「何だ?兄さん、知らないのかい?」
本日の宿兼酒場で食事を頂いていると、カウンター越しにマスターが色々と教えてくれた。
「上にはエルフが住んでるんだ。一人しか見たことはないけど、間違いなく住んでるよ」
「…エルフ。そうだったんだね。ありがとう」
上台地は前人未到の地ではなかった。
けれど、もう一つの浪漫。
長命種である長耳族が住んでいるのであれば、そこはエルフの里。
一度は訪れたい異世界の定番の場所。
「登っても罪に問われないんだよね?」
「ああ。…だが、本気か?誰も登頂に成功してないんだぞ?落ちれば死んじまう」
「大丈夫だよ。上から邪魔されなければね」
そう言ってカウンターへ銀貨を置いたら、明日に備えて休むことにした。
多分…旅人の多くが挑戦して、落ちて帰らぬ人になってきたんだろうね。
不安がないわけじゃないけど、多分大丈夫。
あれくらいなら落ちても僕は死なない。
だって、この街へ来た時に、既に経験済みなのだから。
「おお…下から見上げると、これはこれで凄い景色だね」
翌朝、体調が万全であることを確認した後、朝食を頂いてから岩の真横へとやって来た。
遠くから見るだけじゃ分からなかったけど、この壁はほぼ垂直。
長年人を拒んできただけはあるね。
「さて。掴まるところはあるから、やってみようかな」
岩壁はツルツルしているわけではなさそうだ。
ひび割れも見えるし、どちらかというとゴツゴツしている感じだね。
体重を掛けた途端に岩が剥がれて落ちることだけ気をつけておけばいいかな?
オーラを全身に巡らせる。
今となっては、この行動は呼吸するのと同じくらいの感覚で澱みなく行えるまでに成長している。
「とりあえず、跳べるとこまで行ってみようか」
全身に巡るオーラを瞬時に下半身へ集中させる。
「ほっ!」
抜けた掛け声とは反対に、一瞬にして地面が遠ざかっていく。
ガシッ
「うん。1/3くらいまでは跳べると思ったんだけどね。甘かったらしい」
下を見ると、前世の学校の屋上よりは高いことが窺えるものの、上はまだまだ遠い。
ちゃんと測ったわけじゃないけど、垂直跳びで10mはこの世界でも中々だと思う。
「よし。頑張るぞー」
三点確保を遵守し、僕はロッククライミングに勤しむことに。
前世でもしたことがないロッククライミング。
それどころか登山も碌にしなかった僕だけど、今世ではこんなに逞しくなったよ。
もう会うことが出来ない前世の両親や友人へ向け、少しだけ自慢げに語るくらいには僕も強くなれたかな。
「なんだ、簡単じゃないか」
恐怖を誤魔化すように前世を懐かしんでいたのに、登ってみればなんとやら。
呆気ないものだね。
「苔じゃなく、草がちゃんと生えているんだね」
地面には緑の絨毯。
落ち葉は風に乗り下へ運ばれているのだろう。落ち葉一つないとても綺麗な地面だ。
「木もしっかりと生えているし、この森の中に入ってしまえば、ここが上台地だとは思えないだろうね」
初めてのロッククライミングだったけど、感動はそれ程でもなかった。
見える景色はそこらの森と何ら変わらなかったから。
「でも、もう一つ楽しみがあるんだよね」
そう。
上台地は景色だけじゃない。
「何処に住んでるのかなぁ…テリトリーで探したら失礼かな?」
上台地の広さは分からない。
いや、下の人に聞けば分かるんだろうけど、それくらいは自分の足で確認すればいい。
問題は何処にエルフが住んでいるのか。
そのエルフは複数なのか?
どちらでも構わないけど、探し方は悩みどころ。
「ま、急ぐ旅でもないしね。ゆっくりと地道に探そうかな」
とりあえず、目指すは上台地の中心部。
そこを拠点に放射状に探そうと決める。
何が潜んでいるのか、それすらも楽しみに僕の足は森の中心地へ向けて動き始めた。
「あれは…どう見てもお家だよね?」
森の中心地。そこには一軒の家が。
周りは整地されており、畑もある。
害獣対策なのかわからないけど、家と畑が小さな柵で囲まれている。
「住んでる気配はある…」
木々の隙間から覗き見ると、家は廃墟ではなく、最近まで人が手入れをしていた雰囲気があった。
でも、テリトリーに反応はない。
「お出掛け中なのかな?」
「いいや?ここにおるが?」
な、に?
「うおっ!?びっくりしたぁ…君がここに住んでるエルフさんなんだね?」
「驚かせてしまったようじゃの。そうじゃ。儂がこの上台地に住むエルフじゃ」
びっくりしたぁ。
テリトリーにも反応がない上に、まさか木の上から現れるなんて思いもしないよ。
でも、嬉しいことも。
このエルフは僕から隠れられるくらいには強い。
それなのに、危害を及ぼす気配を感じない。
敵とすら認識されないくらい力の差があるだけって線もあるけれど、とりあえず話くらいは聞いてくれそうだ。
「何故ここに住んでいるのかな?」
「変なことを聞く小僧じゃのう。誰も近寄れんからに決まっておろうが」
なるほど。
それにしても、年寄り口調と見た目が合っていない……これは不自然というよりも面白く見えてしまう。
中学生男子が無理して年寄り言葉を使っているような、そんな共感性羞恥を感じてしまう。
「僕に君の生活を邪魔する気はないんだ。それだけはわかって欲しい」
「わかっておる。じゃから、排除せずに招き入れたのじゃ」
「排除…?」
招き入れた?
どういう意味だろう?
「排除はそのまま。邪な気持ちであの崖を登ってくる者は突き落としておる。
招き入れたのは、結界を解除したという意味じゃな」
「なるほど…ここへ辿り着けた時点で、僕には客としての資格があったんだね」
口振から、このエルフがここに住み始めた頃は、まだ下に人が暮らしていなかったのだろう。
人を避けているのに、あんな大きな街が真下にあっては元も子もないもんね。
「そんなところじゃ。さて、久方振りの客人だ。茶くらいだそうかの」
「有り難く頂くよ」
雰囲気からも、身のこなし方からも、僕が相手を出来る人物じゃない。
目の前にいても、テリトリーでも心眼でも捉えられない。
まるで、この世に存在していないかのような。
そんな未知の雰囲気を醸し出している。
僕より頭一つ小さな背中を追いかけ、小さく可愛らしいお家へと案内されることに。




