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紅のヴァルキュリア

 





 ここエトランゼにある中央大陸では現在、旅の女神と呼ばれるもの達が話題となっている。

 元は二人の旅人として有名だったのだが、今では白狼を共にした三人の麗しき女性達として有名になっていた。


「だからぁ!しつこいって言ってんのよ!」


 豪奢な赤毛を振り乱しながら、渾身の右フックが男の左頬へと突き刺さる。


「ぷげらっ!?」


 ガシャーンッ


 殴られた男はギルドのテーブルを薙ぎ倒しながら吹き飛ばされた。


「セフィーみたいな暴力女に声を掛けるからそうなる」


 その一部始終を間近で見ていたフードを目深に被っている少女が、倒れてしまった男を一瞥しつつそう吐き捨てた。


「レイチェルはちんちくりんだから声すら掛けられなくていいわね」

「セフィーはその無駄にデカい胸部がなければもう少し強くなれるのに、残念」


 なによ!?やるっ!?

 二人が賑やかに騒いでいると、その二人よりも周りの視線を集める女性が近寄ってきた。


「やめなさい。貴女達がそうやって目立つから、変に噂されるのよ。

 はあ…今までそれでよく生きてこられたものね…ある意味尊敬するわ」


 その女性が悩ましい溜息を漏らすと、周囲の人々は息を呑んだ。

『アレが噂の、紅のヴァルキュリアの飼い主なのか』と。


「ラヴも十分目立ってる」

「ラヴは皇女が抜けきっていないから目立つのよ。私達だけのせいじゃないわ」

「……私はいいの」


 二人からの口撃に金髪を横に流しながら話の流れも変えようとするが、そう上手くはいかない。


「おほんっ…ジンの情報はなかったわ。伝言を頼んでおいたから、明日にでも次の街へ向かうわ」

「…すり替えが下手ね」

「………」


 返す言葉もないが、三人にとってはこれも日常。


 黙って歩き出したラヴを追い掛けるように、三人はこの街での宿泊施設へ向かっていく。






「アメリア…じゃなかった、ラヴ」


 帝国を船で抜け出してから、既に三ヶ月。

 初めの二週間は船旅だったが、隣国へ着いてからは陸地の旅へ変わっていた。


 無事に出国した時、船の上でジンとラヴについてのことを約束通り二人に説明した。

 前世の記憶があることを二人が受け入れ納得することは難しいかもしれないとラヴは考えていたが、そこは予想外にも案外すんなりと受け入れられた。


『あのジークなら…』『可愛げがなかったのはそのせい』

 などなど。二人にも思うところがあったようだ。


 ラヴにしてみれば、本来であればここまで話すつもりはなかった。

 けれどラヴという名前に整合性を持たす為にも、二人がジンを探す旅に必要という面においても、話しておく方が得策だと結論を出したのだ。


 ここで誤算だったのは、セフィリアの記憶が戻っていること。

 セフィリアは知っていたのだ。

 ジークリンドが前世の記憶を持っていることを。ただ、それは二人だけの秘密。

 レイチェルにもアメリアにも、元々話す気がなかったのだ。

 だから、アメリアに前世の記憶があったとしても驚かないし、疑うこともなかった。


 そんな三人は現在帝国から南下し続けた所にある、とある国のとある街のとある宿にいた。


「何?」

「本当にジンはジークリンドなのよね?」


 セフィリアにとって一番大切なのはジークリンド。

 それがジンであろうとなかろうと、見つけなくてはならない。

 しかし、今はジークリンドを探していない状況なのだ。

 不安になるのも仕方ないというもの。


「二人から聞かされた話にはジンの面影が感じられたわ。

 それに。

 レイチェルは私とジンのオーラが同じだと感じたのでしょう?

 転生する時に私とジンはお互いを見つけられるようにしてくれると、とある存在から聞かされたの。

 恐らくだけど、私達は二人で一つ…それが表裏一体なのか欠けたピースなのかはわからないけれど。

 だから同じオーラと誤認したのよ。

 いえ、正確に同じなのよ。私達はね」


 憶測の域を出ないが、ジン=ジークリンドではない可能性は極めて低く、逆にそれを否定する材料は一切見当たらない。


「それにね。前にも言ったように、ジークリンドの名前を出して探せば、隠れられてしまう可能性すら出てくるの。

 わかるわよね?」

「…そうね。わかったわ」


 この会話も既に何度目か。

 それでもラヴは突き放すような言葉を使わない。

 知っているからだ。


 大切なヒトを失うこと、探すことの辛さを。


 普段馴れ合わない三人だが、こうした時の結束は強く、決して無碍にしない。

 それはレイチェルに対しても然り。


「……」ブルブル

「そろそろ限界かしら?」


 小さな両手で自分を抱きしめながら震えるレイチェル。

 それを見たラヴは冷静に観察を続ける。


「まだ実験段階だから、あまり多様はしたくないけれど…仕方ないわね」


 唇を噛み締め瞼をギュッと閉じるレイチェル。

 その姿を見ては、これ以上の我慢をさせられない。


 ラヴは鞄から試験管のようなものを取り出すと、中を確かめてからナイフの先を使って指を切る。

 滴る血を試験管に入れると、試験管は黄色く発光した。


「私のオーラを込めた結晶が反応したわ。さ、レイチェル。飲みなさい」


 ラヴが前世の記憶を打ち明けた時、レイチェルもまた自身が吸血種であることを話していた。

 ジークリンドを追う理由もその時に話してある。


『いつか血を飲ませて』


 十中八九、吸血種になることも伝えると、ラヴは迷いなくこう答えた。


『ジンが受け入れたら』


 ラヴに一人で長生きする気は毛頭ない。

 その答えを伝えた時に、もう一つ約束をした。


『探すのを手伝ってもらうのだから、報酬は必要ね。レイチェルには、ジンと私(私達)の血を飲めるようにするわ』


 と。

 それは直接ではなく間接的に。

 今まで幾度とある失敗談を聞いたラヴだが、話の中から可能性を見出した。

 それが今試験管の中に入っている構造。


『オーラは生きとし生けるものに存在し、死した後は体内の結晶からオーラの放出が止まる。つまり、私達のオーラを放出し続ける機構さえ作って仕舞えば、その中にある血液にはオーラが循環すると考えられるわ』


 今はまだ実験段階でしかないが、それでも幾分かの成果は上げられている。


「ごくごくっ」


 渡された試験管に直接口を付けて、レイチェルは一気に飲み干した。


「ぷはっ……まだ物足りなさがある」

「ふふっ。それは仕方ないわ。でもいずれ完璧な物を作るから。それまでは我慢してちょうだい」


 物足りなさがあるかどうかはわからない。それでも吸血衝動が治っている事実がそこにはあった。


「明日ここを出るとして、どこへ向かうのよ?」

「前も言ったわよ?ここからは南の海を目指すと。ね?紅のヴァルキュリアさん?」


 帝国を海から南下したのであれば、さらに南を目指すのは三人にとって必然だった。

 帝国の追手を気にしながらの旅は神経を使う。それがなくともこの世界の旅は元々命懸けなのだ。ならば帝国から離れることは当然といえた。


「…やめて。二つ名なんて柄じゃないのよ」

「そう?似合っていると思うけど?」

「セフィーにヴァルキュリアなんて大袈裟。赤猪くらいが丁度いい」


 ぶっ殺すわよ!?

 ふっ。血を飲んだ私は最強。猪には無理。


 賑やかな二人のやりとりを見つめ、ラヴは一人旅のプランを立てるのであった。














「慈愛の女神様、お助け頂き、ありがとうございました」


 三人の旅は続き、今は次の街までの道中。

 街道で魔獣の被害に遭っていたキャラバンを助けると、その者達から感謝の言葉が伝えられた。


 感謝の言葉だけならどれ程良かったことか。


 金色の綺麗な髪に、整った美しい顔立ち。

 怪我はないかと皆に声を掛けるラヴを見て、助けられた者から自然にその二つ名が呼ばれた。


「ぷぷっ。慈愛の女神だって?笑っちゃうわね」

「セフィー。笑うのは失れ…ぶほっ」

「…汚い笑い方はやめなさいよ」


 揶揄うセフィリアと吹き出すレイチェル。

 この二人は知っているのだ。

 慈愛などという言葉はラヴには似合わないと。


 味方だったセフィリアから、笑い方が汚いと梯子を外されたレイチェルはセフィリアを睨む。


 そんな二人を見ても、当の本人は気にした様子でもなかった。


「可愛らしい二つ名ね。ありがとう。私の名前はラヴよ。どうせ広めるのなら、その名前も広めてちょうだい」

「はい!女神ラヴ様!」


 ラヴの目的は一つ。故に、行動も一貫している。

 この人助けがプラスに働く可能性はあれど、マイナスに働くことはないと。


 だから助けたのだ。


「じゃあね。気をつけて旅を続けなさい」


 まるで神の如き物言い。

 これは最早癖なのだが、聞かされた者達も違和感を覚えないほどには板について似合っていた。


 ラヴ達の足はキャラバンが向かう方とは別の方向へと向かう。

 三人は大陸南東部を目指し、その歩みが止まることはなかった。

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