日出るところ
馬車旅は順調に消化して、現在目的の場所を前にしていた。
これまでの旅では街へ寄ることもなく、夜は野営をし、最速で最短の道のりを歩んできた。
野営ではレイチェルのオーラツールが活躍したり、スザクが新鮮な肉を調達しそれをセフィリアが解体したり、アメリアが蓄えた知識から食べられる野草を採取したりと順調に消化してきた。
そんな三人が乗る馬車は、目的地までの最後の丘を越えた。
「レイチェル!アメリア!見て!海よっ!」
馭者をしているセフィリアが興奮気味に伝える。
話には聞いていたが、初めて見る海に興奮を抑えられない様子。
「ん…着いたようね」
寝ぼけ眼を擦りながら馭者席側の幌を開けて、アメリアが顔を見せる。
馬車後方の幌を開けて後ろを警戒中のレイチェルは興味がなさそうだ。
「潮風が懐かしいわ」
「アメリアは海へ来たことがあるの?」
王女と皇女。二人の呼び名は少し違えど同じ立場であることに変わりはない。
帝国は割と自由な国風なのかとセフィリアは少しだけ羨んだ気持ちを乗せて疑問を呈した。
「ないわ。でも、知っているのよ。この匂いと纏わりつく風をね。泳いだこともあるわ」
「どっちなのよ…」
「ふふふっ。秘密よ」
一緒に泳いだあの海を思い出し、アメリアはジンとの前世を懐かしむ。
「まあいいわ。アメリアの秘密主義には慣れたし。
それより、こんなどん詰まりまで来て、捕まらないでしょうね?」
目的地は目の前の港街。
この丘から見下ろすそれは帝都の半分程の大きさ。
港には小型から大型まで多くの船が泊まっていることが窺えるも、海より先に陸地は見当たらない。
「ここは帝国の中部。確かに逃げ場はないわ」
帝国は東部地方西部地方と東西を半分に分けた縦呼びと、北部南部中部と横に三分割した呼び方で凡その位置を示す。
ここは東部地方の中部。
つまり、見つかれば逃げ場はない。
「でも、それでいいの。誰も考えないわ。皇女を誘拐した犯人が帝国の中部を目指しているなんてね」
「逃げられれば、ね」
そう。考えなくてもいいのだ。
国内にいたならば、簡単に捕らえられるのだから。
「船を使うの」
「…バレるわよ?」
海の上など、さらに逃げ場がなくなる。
頭がイカれたのかと、セフィリアはアメリアを薄目で見つめる。
「バレないわ。その為に今までやりたくもないことをしてきたのだから」
「そう。アンタも苦労したのね」
セフィリアもやりたくないことをさせられてきた。
それはダンスレッスンであったり、作法だったり。
目的の為にしていたアメリアより、セフィリアのそれは辛かったに違いない。
「流石に街中に入る時には、バレる」
二人の会話を聞いていたレイチェルが、安全を確認してから前へと移動して話しかけてきた。
「それも問題ないわ。また留守番をよろしくね」
「構わない。モフモフしてる」
街まで後200mというところで、アメリアは馬車を停めるようにセフィリアへと指示を出した。
特に邪魔にもならないし、他にも街へ入らずに停まっている馬車はあったので目立つこともない。
「セフィー。行くわよ」
「何処へかしらないけど、わかったわ」
声を掛けてきたアメリアは馬車を飛び降りる。
セフィリアはセフィリアで、肝が座っているので躊躇なくついて行くことを了承して、その背中を追いかけていった。
「お初にお目に掛かります。シューターの父でこの港の元締めをさせてもらっています、ダレド・ブロードと申します」
港街で二人が向かったのは、海沿いにある大きなお屋敷。
そこの門番へアメリアが手紙を渡すとこの応接間へ通され、茶髪の壮年男性から丁寧な挨拶を受けた。
シューターはアメリアが学院で見つけた手駒の一人。
彼の一族は代々この港街で船乗り達の元締めを担ってきた。
その伝手を頼ったのだ。
「アメリアよ。手紙にも書いてあった通り、ここへは名前を伏せて来ているの。
シュナウザーへシューターのことは任せてあるから、安心して力を貸しなさい」
「ははっ。有り難き幸せ。旅客船では目立つので、大型の貨物船をご用意致します。
二日ほど時間を下さい。その間はこの屋敷をご自由に」
「ありがとう。私達は馬車でここまで来たの。その馬車を検閲なしで街へ入れたいのだけど、任せていいわね?」
その言葉にブロードは頷きで返す。
それを見たアメリアはセフィリアを使いに出し、馬車を迎えに行ってもらうように伝えた。
この国に赤毛は少ないけれど、それでもアメリアが動くよりは悟られ難いと考えてのこと。
ものの一時間ほどで三人は合流を果たした。
「見物もしたいけど、流石に拙いわよね?」
三人は大きな寝室へ集まっていた。
本来であれば個々に部屋を用意してもらった方が休めるのだが、これは不測の事態に備えてのことだった。
そんな中、セフィリアがダメ元で提案した。
「ダメね。国を出たらにしましょう。私も見たいのだから、我慢よ」
「わかってるわ。ただ聞いてみただけよ」
「セフィーはまだまだお子様」
ここまで来れば、後は出航を待つのみ。
それで念願叶い帝国を出奔出来るのだ。
三人の緊張感がやや解けてしまうのも仕方のないことなのかもしれない。
「なによ。レイチェルが言い出したんじゃない」
「あら?そうなの?」
「……スザクにブラシを買ってあげたかった」
レイチェルは少しアメリアに遠慮しているところがあるようだ。
いつか血を吸わせてくれないかと狙っているのだから、今から良い印象を植え付けようとしているのかもしれない。
「買いには行けないけど、この家の者に頼んでおくわ。ありがとう、レイチェル。スザクを気にしてくれて」
「…モフモフは一日にして不成」
「そ、そう」
アメリアは群れの長としてスザクの世話も考えなくてはならない。
自分で何もかもする癖が抜けないアメリアだが、レイチェルのこの発言により、任せるところは任せようと、少しだけ肩の荷を分けた。
「後二日。その期間誤魔化せたら、私たちの勝ちよ」
「追ってくるかしら?」
アメリアの言葉にセフィリアは自分達の足取りを追えるのかと疑問に思う。
ここまで用意周到にことを運んで来たのだ。
それも誘拐犯ではなく、皇女自らの手と人脈を使って。
これを追うのは至難の業。
それこそ、初めから知っていなければ不可能な程に。
「剣聖は疑っているわ。勿論、そんな雰囲気は噯気にも出していないけれど。
お父様もお母様も、私が出奔を企てていたとは夢にも思っていないはず。
だから、追ってくるなら剣聖の助言よ」
これまで、世界一の良い子を演じてきたと自負している。
剣を学ぶことから課外活動などの我儘は全てお国の為。
そう仕向けてきた。
騙せないとしたら、近くで色々と見られてきた剣聖レイモンド卿くらいのものだとアメリアは半生を振り返る。
「そこに剣聖がいなければ何の問題もないわ」
障害となるのは、この三人でも勝てない相手。
それは騎士団などの集団を除けば、この帝国では剣聖くらいのもの。
「最悪は見つかっても、国を出てしまえばいい」
「この家の人達に迷惑が掛かるわよ?」
セフィリアは目を細め、アメリアを試す。
「掛からないわ。その場合は、脅されて船を出したとでも言わせるから」
「それでも、何かしらの咎はあるわよ?」
アメリアは一国の姫ではない。
皇太子候補である。
それは姫とは比べられない程の差があり、その幇助は国を傾けるレベルの罪を問われる可能性をセフィリアが指摘する。
「それくらい彼らも覚悟の上よ。リスク無しに得られるものなんて何の価値もないわ。
それに。シュナウザーがいるから。
あの子は私の意に沿わないことを絶対にしないわ」
そうなるように接してきた。
アメリアはその半生を賭けて、全ての準備を整えたのだ。
セフィリアとレイチェルの二人が帝都へ来たことは予定外だったが、それはプラスにこそ左右してもマイナスにはならない。
故に計画前倒しとなったのだ。
「そんな私達に出来ることは一つだけ」
「なによ?」
アメリアは言葉を区切り、二人の視線を集めた。
「レイモンド卿に遭わないことを願うだけよ」
「…そうね」
「剣士はみんな野蛮」
レイチェルの過去に何があったのかは不明だが、三人の意見は纏まるのであった。




